ことしで戦後77年。
戦時中、日本の動物園では多くの動物が殺処分された歴史があります。
そんな中、国内で唯一、ゾウが生き残った名古屋の動物園に、戦後、大勢のこどもたちを運んだ「ぞうれっしゃ」という臨時列車がありました。その知られざる真実です。
6月に生まれたばかりの赤ちゃんゾウ。
ここは連日多くの人で賑わう、名古屋の東山動植物園です。
先の太平洋戦争ではこのゾウを巡る、あるエピソードが…。
絵本「ぞうれっしゃがやってきた」。戦時中の動物園で、多くの動物が殺処分された中2頭のゾウが生き残った実話です。
戦時中各都市が空襲を受けるなか心配されたのが、動物園からの猛獣の脱走でした。
東山動植物園 今西鉄也 主幹
「こちらで当時もライオンを飼育していました。ちょうどこの辺りから鉄砲をもって狙っているような猛獣の射殺訓練の写真が残っています。1000頭以上の動物が終戦直後は22頭だけ」
この「戦時猛獣処分」によって全国の動物園で大型動物のほとんどが殺されました。しかし、名古屋の東山動植物園では。
東山動植物園 今西鉄也 主幹
「(当時の園長が)ゾウの足に鎖をつけて建物から離れないようにすると、処分の対象にしないでほしいと試みて、結果的に猛獣処分の対象にならずにすんだ」
当時の北王英一園長が軍に掛け合い、象の殺処分を中止。
日本で戦争を生き延びたゾウはこの「マカニー」と「エルド」の2頭だけでした。
その後、ゾウを見たいという子どもたちの要望を受けて、終戦から4年後、国鉄などが特別列車を運行。これが、「ゾウ列車」と呼ばれ、全国から1万人以上のこどもたちが名古屋を訪れました。
萩原量吉さん(81)
「ゾウの上に乗せてもらいました。ものすごくたくさん毛が生えてまして、とても硬い毛で、当時はズボンが粗いのでシカシカ痛かった」
三重県四日市市に住む萩原量吉さん81歳も小学3年生の時、ゾウ列車にのりました。
70年経った今も、背中の感触まで鮮明に覚えています。
萩原量吉さん(81)
「当時はまだ戦後そんなに経っていない時期で下駄を履いている子もいるしお腹がすいてお腹がすいての毎日。だから(ゾウを見たことは)印象深いし楽しかった」
このエピソードを改めて世に広く伝えたのが絵本「ぞうれっしゃがやってきた」です。
作者の小出隆司(こいで・たかし)さん。長年事実が埋もれたままだったと話します。
Q 小出さんが絵本にするまでは世に知られてなかった?
小出隆司さん
「もちろん、もちろん。(当時は)非国民だもん。(殺処分に)抵抗したからね。少しでも記録で残して伝わる努力を絶えずすることが人間の営みかなと」
容赦なく動物の命も奪った戦争。それはまさに、現在進行形で起きています。
ロシアの侵攻が続くウクライナでは、動物園も破壊され別の園に避難した動物たちも、エサ不足で危機に瀕しています。
小出隆司さん
「今のウクライナの映像を見ると涙が出る。戦争は絶対にしちゃいけない」
絵本「ぞうれっしゃ」
『おなかをすかしていたとらは、どくいりのにくを食べ、くるしみながらしにました。日本じゅうから子どもたちが、ぞうれっしゃにのって、やって来ました』
戦後77年。
ゾウ列車の史実は、戦争の不条理を今に問いかけています。
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