自分、リスク、リスキリング

ここまでの分析で、リスキリング志向の勤め人は、仕事において「自分」というものを大事にしている印象を抱きました。
では、仕事観以外のことでは、何を大事にしているのでしょうか。

今度は種々雑多な意見・行動を50個並べ、その中からあてはまるものを複数選んでもらうという質問を、同じように集計してみました。
そこから、リスキリング志向者のどんな一面が見えるでしょうか…。

TBS生活DATAライブラリ・定例全国調査(2023年11月実施、勤め人(従業員・管理職)について集計)

選択率上位の項目を並べた左のグラフを見ると、「日々楽しく健康で平凡に暮らす」ことにリスキリング志向者もその他も7割が賛同。しかしそれ以外は、右のグラフも含めて、その他より志向者の選択率が明確に上。

見てみると、「免許返納」「将来に備えて貯蓄」「社会を良くする行動」など、現在や将来の問題・課題に備える「リスク対応」意識が強い印象。「ほしいものを買う時に情報収集」も、失敗を避ける姿勢に通じていそう。
一方、「自分好みの生活」「一生打ち込めるもの」など、先ほどの仕事観でも指摘した「自分の生活・生き方を大事にする」感覚もあり。

ここで興味深いのが、やはり志向者で選択率が高い「教養や趣味が豊かでもお金がなくてはどうしようもないと思う」という項目。
自分の趣味ややりたいことを大事にするリスキリング志向者ですが、生活を犠牲にしてでも趣味を極める趣味至上主義者ではなさそう。志向者にとって、「自分(の趣味嗜好)を大事にする」ことと「リスク対応」では、後者の優先順位のほうが高そうです。

データで眺めてきたリスキリング志向の勤め人の姿には、きちんと自分の生活に向き合い、世の中の情勢を考えて、自腹を切ってでもスキルアップして将来のリスクに備えようと意識している様子がうかがえます。
学校標語の四字熟語を人間にしたら、こういう人になるのかも。

世の中の1割を占めるという、こんな人に会ったら「本当に真っ当な人だなあ」と尊敬せざるを得ません。国も経済界も泣いて喜ぶでしょう。何しろ、自腹を切ってでもリスキリングしてくれるというのですから。
問題は残り9割の「自分では動こうと思っていない人々」。国や経済界が呼びかけたとしてどこまでその気になるものか。
ところで「笛吹けど踊らず」ということわざの四字熟語は何でしょうね。何であれ、学校標語にはなじまないですね。

注1: TBS生活DATAライブラリは、1971年の開始以来「JNNデータバンク」という名称で続けてきましたが、2024年4月に改称しました。
注2:「勤め人」には事務系、技術系、サービス系、労務系の各従事者と管理職、「自営業・自由業など」には商工・サービス業自営、開業医・弁護士・会社役員などの自由業、農林漁業が含まれます。

<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は総合マーケティングラボに在籍。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。