検察首脳にも「特捜人脈」
また時を同じくして検察首脳のメンバーにも「特捜人脈」が集まり、大型経済事件に熟知した陣容が揃うことになった。
検察のトップ、検事総長の土肥孝治(10期)は、京大在学中に司法試験の合格、国会議員を摘発した「大阪タクシー汚職」で贈賄側から自白を得るなど、検事約40年間の大半を大阪高検管内で過ごした大阪特捜のエースだ。大阪地検特捜部長時代は、大阪府警の警察官がゲーム機業者から収賄していた汚職を摘発。またバブル期に住友銀行や裏社会を舞台に「3000億円」が闇に消えたとされる「イトマン事件」を指揮した。その翌年、最高検次長検事となり「金丸元副総裁脱税事件」で現場を後押しした。
検察ナンバー2の東京高検検事長の北島敬介(13期)は特捜部時代に「石油ヤミカルテル事件」、その後は「ロッキード事件」の全日空ルートなどを担当。1993年には東京地検検事正に就任し、「ゼネコン汚職」を指揮した。最高検公安部長、東京高検検事長などを経て検事総長となる。学生時代は柔道部、普段は無口だったが、酒が入ってもやはり寡黙だった。
筆者の1997年のスケジュール帳には、2月26日「石川さん東京地検検事正に着任」と記されている。東京地検検事正は、東京地検のトップで特捜検察を直接指揮する枢要ポストである。警視庁のカウンターパートは「警視総監」になる。
特捜検察の本流を歩んだ石川達紘(17期)は「ロッキード事件」で全日空副社長の取り調べや「三越事件」に携わり、特捜部副部長時代には「平和相互銀行事件」や「撚糸工連事件」を手掛けた。特捜部長在任中には「国際航業事件」や「稲村利幸・元環境庁長官」の脱税事件を摘発。「ゼネコン汚職」では東京地検次席検事として特捜部長の宗像紀夫(20期)、副部長の熊﨑をバックアップした。佐賀地検、静岡地検の検事正、最高検公判部長を経て戻ってきた。石川は名前の「達紘」を音読みして、「タッコウさん」と呼ばれ、特捜現場の利益代表として慕われた。「ゼネコン汚職事件」以来、「石川ー熊﨑ライン」には強い信頼関係が築かれていた。
石川は就任会見でこう語った。
「私は事件のこと以外、考えたことがない。検察ファッショにならないよう、世の中の少し後をついていきたい」


東京地検のスポークスマンの役割である東京地検次席検事には、1年前に法務省人事課長から松山地検検事正に異動したばかりの松尾邦弘(20期)が就任。松尾は「ロッキード事件」で丸紅の伊藤宏専務から田中角栄総理大臣への5億円授受の自供を引き出し、田中逮捕に貢献した。
「連合赤軍」事件では永田洋子を自供に追い込んだことで知られ、永田洋子が記した「続・十六の墓標」にも松尾検事との取り調べのやりとりが記されている。在ドイツ日本大使館のアタッシェや法務省刑事局長、東京高検検事長などを経て、検事総長を務めた。
こうした検察の上層部がいたからこそ、一連の「野村証券、第一勧銀総会屋事件」から「大蔵省接待汚職」にいたる過程で、特捜部から上がる捜査報告の決済ラインは、ある時期まではスムーズに機能したと言える。しかし、のちに「大蔵キャリア」へ捜査が及ぶことになると、特捜現場を抱える「検察庁」と大蔵省に向き合う「法務省」の間で、徐々に亀裂が入り始める。だが、この時はまだ誰もそれを知る由もなかった。
(つづく)
TBSテレビ情報制作局兼報道局
「THE TIME,」プロデューサー
岩花 光
◼参考文献
井内顯策「愚直な検事魂」人間社、2020年
村山 治「市場検察」文藝春秋、2008年
司法大観「法務省の部」法曹会、平成8年版