ドリー・パートンの「Jolene」 かつて日本ではピンクレディーらもカバー
高橋芳朗:
ビヨンセの新作に収録されているもうひとつのカバーソングは、カントリーミュージックの大御所中の大御所、ドリー・パートンの「Jolene」。1973年のヒット曲です。
この「Jolene」がどんなことを歌っているか端的に説明しますと、主人公の女性が彼女の恋人もしくは夫を誘惑しようとするジョリーンに対して「どうか私の彼を奪わないで!」と懇願する、という内容です。
ジョリーンは驚くほどの美貌の持ち主で、主人公は自分では到底太刀打ちできないと思っていて。歌詞の中には「あなただったら他にいくらでも男を選べるでしょ? でも彼は私にとって一生に一度の運命の相手なの。だからお願い、あの人を奪わないで!」なんて一節もあったりします。かなり切迫した状況が描かれているわけですね。
そんな思わず引き込まれるストーリーテリングの妙もあって「Jolene」はリリース当時から非常に人気が高く、これまで数多くのシンガーに歌い継がれてきました。ここ日本で特に有名なのは1976年のオリヴィア・ニュートン=ジョンのバージョンでしょうか。
彼女のカバーに触発されるようにして、当時、日本でも岩崎宏美さん、ピンクレディー、キャンディーズがカバーしていたりします。ピンクレディーのバージョンは、1977年3月に東京芝郵便貯金ホールで行われたライブの模様を収めたアルバム『チャレンジ・コンサート』の収録曲です。歌詞は日本語詞ですが、英語詞を忠実に訳してあるのでどんなことを歌っているのかがよくわかるのではないかと。
続いてビヨンセ版の「Jolene」ですが、彼女は今回のカバーにあたって歌詞を改変しています。ビヨンセがどんなアレンジを施したかというと、ドリー・パートンのオリジナルがジョリーンに「彼を奪わないで!」と懇願しているのに対し、ビヨンセは「彼に近づいたらただじゃ済まないよ!」とかなり強めに警告しているんですよ。むしろ恫喝ぐらいの勢いで。
ジェーン・スー:
最高です!
高橋芳朗:
「私がクイーンだって知ってるの? ルイジアナから来た強い女なんだよ」「あんたが平穏無事でいられるかはあんたの出方次第だね」なんてフレーズもあって。
ジェーン・スー:
体育館の裏に呼び出されたような気持ちになるよ(笑)。
高橋芳朗:
アハハハハ! かなり強い言葉でジョリーンを威嚇していますよね。家庭を守る強い決意と自信にみなぎっています。熱心なファンの方はよくご存知かと思いますが、ビヨンセは2016年のアルバム『Lemonade』収録の「Sorry」で夫のJAY-Zの浮気を題材にしていたことがあって。
ジェーン・スー:
ありましたねー。
高橋芳朗:
おそらくビヨンセは、この機会にカントリーの大名曲である「Jolene」の設定を使って「Sorry」の続編的なことを歌いたかったのではないかと。アルバムでは「Jolene」の前にドリー・パートン本人が登場する短いイントロダクション「DOLLY P」が入っていて。ここでのドリー・パートンのコメントからも、これが「Sorry」を踏まえたカバーであることはまちがいないと思います。
このビヨンセ版「JOLENE」は大名曲の歌詞を改変しているということで賛否両論を巻き起こしていますが、そんな話題性も手伝って4月には全米チャートで7位にランクイン。オリジナルのドリー・パートン版を上回るヒットになっています。
そんなわけでビヨンセの新作『Cowboy Carter』の2曲のカバー曲を紹介してきましたが、もちろんこれはアルバムの底知れない魅力の一断片を抽出したにすぎません。まちがいなく2024年を代表することになる濃密な内容になっていますので、ぜひアルバムトータルで楽しんでいただきたいと思います!
【プロフィール】
<高橋芳朗>
東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考~映画から聴こえるポップミュージックの意味』『新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない~愛と教養のラブコメ映画講座』『ディス・イズ・アメリカ~「トランプ時代」のポップミュージック』『KING OF STAGE~ライムスターのライブ哲学』『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』『生活が踊る歌~TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」音楽コラム傑作選』など。TBSラジオでの出演/選曲は『ジェーン・スー 生活は踊る』『金曜ボイスログ』『アフター6ジャンクション』など。
<ジェーン・スー>
プロデューサー・作詞家・コラムニスト。YUKI・中島美嘉・flumpool・元気ロケッツ等のアーティストを手がけるクリエーター集団「agehasprings」所属。ガールズユニット「Tomato n' Pine」の共同プロデュースや作詞など。