1000年以上前に紫式部が書いた小説『源氏物語』を、読み通した人は多くはないだろう。ベストセラー作家の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)さんが、式部を主人公にした小説を書いた。作中作として、帚木さんによる現代語訳『源氏物語』が埋め込まれている「一粒で二度おいしい」小説だ。RKB毎日放送の神戸金史(かんべ・かねぶみ)解説委員長が福岡県中間市の帚木さん宅を訪ねてインタビュー、4月16日放送のRKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』で伝えた。

◆小説『香子紫式部物語』

『香子』1~3巻

今年のNHK大河ドラマ『光る君へ』は、『源氏物語』を書いた平安時代の女性、紫式部が主人公です。福岡県中間市在住の作家、帚木蓬生さんが小説『香子(かおるこ)紫式部物語』(PHP研究所)を書きました。まもなく最終5巻が刊行されます。これが大変な小説なのです。

帚木さんによる『源氏物語』の現代語訳が「作中作」、紫式部が書いていく作品として組み込まれています。紫式部が主人公の小説と、『源氏物語』の現代語訳が二重の構造になっていて、両方が読める「一粒で二度おいしい」小説です。

帚木さんは福岡県小郡市生まれの77歳。精神科の開業医をするかたわら、ベストセラー小説を連発してきました。昨年、医師を引退して執筆に専念しています。

自宅でインタビューに応じる帚木蓬生さん=神戸撮影

※帚木蓬生さん
作家、元精神科医。福岡県小郡市出身。明善高校から東大文学部を出て、TBSに勤務したが2年で退職。九大医学部に入り直して、開業医のかたわら、ベストセラー小説を連発してきた。主な作品に『三たびの海峡』、『閉鎖病棟』、『逃亡』、『水神』、『蠅の帝国』、『蛍の航跡』、『日御子』、『守教』、『国銅』、『風花病棟』、『天に星地に花』、『受難』、『悲素』、『襲来』、『花散る里の病棟』など。


『源氏物語』は平安貴族の恋と人生を描いた小説です。古文の教科書で読んでも難しく、私は谷崎潤一郎さんや円地文子さん、瀬戸内寂聴さんなど、いろいろな作家が出した現代語訳を手に取ったことはありますが、ほぼ挫折しています。

◆「帚木(ははきぎ)源氏」の登場

『香子』1巻の表紙

「帚木」も「蓬生」も『源氏物語』の章のタイトルから借用してペンネームにしたほどの『源氏物語』好きです。今回、なぜ源氏をテーマにしたのか、聞いてみました。

帚木:12~13年前、編集者から「源氏物語について書いてください」と(言われました)。その時はミステリーでという話でした。私はミステリー作家でしたから。「うわー、源氏ですか」と言ったら、「帚木さんは、ペンネームをそこから採られているでしょう。責任がございませんか?」と。「責任?これはまいったな、責任かー」と。だんだん後から効いてきましてね。コロナが始まる前ごろから、「そうか、やっぱり書いておかないと…」と思って書き始めた時、単なる紫式部の物語というより、「紫式部がどうやって源氏物語を書いたのか」を書こうと思ったんです。これは誰も手を付けてない。

帚木:谷崎(潤一郎)とか円地(文子)の(現代語訳が書かれた)時は、紫式部に関する学問的な研究が進んでないです。それ以降いっぱい進んでいますからね。女房の世界はこうだったとか、紫式部の愛人はこうだったとか、1回か2回結婚したのはこうだったろうとか、越前に行ったとか、どんどん出てきていますから「今こそ、私が書ける時代だな」と思いましたね。時代的によかったと思いますよ。前の世代の作家よりは。

原文を、現代人にもわかりやすく書く。これが現代語訳の意味でしょう。一章を書き終わった紫式部が「今回は、出来があまり良くなかったな」と言ったり、その章を筆写する仲間の女性たちと意見交換をしたり、そんなシーンが小説に入ってくるので『源氏物語』本文の中身がすっと頭に入ってきます。