◆『源氏物語』の人物描写は空前絶後

紫式部の才能を熱く語る帚木蓬生さん=神戸撮影

帚木さんは、『源氏物語』は1000年も前の小説なのに重層的な構造になっている、と解説しています。

帚木:(現代語訳は)原文をデフォルメ、変えて面白くおかしくした作家ばかりですよ。谷崎(潤一郎)も円地(文子)もそうだし、与謝野(晶子)も田辺(聖子)、(瀬戸内)寂聴にしても。私は、それは冒とくだと思います。有名な作家たちの『源氏物語』は、和歌や漢文を入れていないんです。物語ですーっと行っていますけどね、これは悪いですよ。紫式部の『源氏物語』を壊していますから。だから、「和歌をピシッと入れよう」と私は思ったんですね。

帚木:紫式部はものすごい人物の描き方をしているんですね。1人の人物を出すでしょう?人物は、心の中であれこれ考えるんですね。優柔不断と言えば優柔不断です。「Aでもない、Bでもない、Cでもない」と。それで、発言しますね。発言には大体ウソが多いですよ。しかし、本音は、和歌にしているんです。ビシ―ッと。

神戸:3層の構造になっている?

帚木:なっているんです。それで人物に深みが出ているんです。3層構造の人物描写というのは、日大の(林真理子)理事長でもできないでしょうね。神戸:「心のうち」をまず文章に書いていて、それが発言として言葉に出てきた時は少し表面的なものに。

帚木:そう、嘘が混じっていたり。

神戸:ところが、和歌になると本音が出てくる。

帚木:「悲しんでおります」とか。その手腕たるや…。和歌を入れないとそれは出てきませんから、ちゃんと入れているんです。

『香子』2巻の表紙

神戸:和歌を紹介したところで「これはこういう哀愁で」と書かれていますよね。

帚木:そうそう。「という慨嘆で」「悲嘆で」と。神戸:あれで、意味づけがはっきりわかるんです。帚木:ちょっと工夫しました。「何々の意味である」と説明したら、ばかみたいになる。「何々という悲嘆」だと。

ご自宅でインタビューしたんですが、とても面白くて。和歌は僕らには難しいものと思っていたのですが、帚木さんがきちんと「この和歌はこういう悲歎で」と補足的に書き加えています。和歌を削ってしまうのではなく、説明をちゃんとして書くので、腑に落ちます。さらに、紫式部のパートに戻ると、この章全体がどんな意味だったのか、ということがわかってきます。そして、式部の人生に何かの動きがあった時「では源氏の続きを書こう」と物語がリンクしていくのです。

◆王朝貴族のリアルな世界

大作家は予想よりずっとにこやかだった=神戸撮影

私はこの小説を読んで、初めて『源氏物語』の全体像がわかってきた気がしました。帚木さんは「源氏物語は女性の物語だ」と語っています。

帚木:『源氏物語』は、光源氏が主人公じゃないです。女性ですよ。女人。重要人物が25人出てきますけど、原稿用紙2500枚ぐらいの中で全部描き分けているんです。こんな芸当、できないですよ。3人ぐらいは描き分けられますけど、25人を散らばせて描き分けるという、この手腕。ここに眼目があったと思いますよ。

神戸:女性の様々な生き方を、書く。

帚木:そう!哀れさを伴った生き方をしている女人に、紫式部の同情があったと思います。

神戸:それは、目の前にいる人たちを見ているからですよね。女房として貴族階級の中にいて、仕える側として見ている。

帚木:主人に仕えなきゃいけないし。

神戸:主人たちにも、お妃さんなどいろいろな方がいらっしゃるけれども、人生の浮き沈みがありますよね。

帚木:あります。それをよく見ていたんじゃないでしょうかね。それをピシッとはめ込んでいったんじゃないでしょうか。それは、すごい手腕だと思いますよ。

神戸:そういう小説は、それ以前にはありえないですね。

帚木:ありえない。

神戸:その後も…

帚木:ないですよ。紫式部は特に、漢文の素養がすごいですから、NHKの(ドラマで描かれるような)町娘のチャラチャラしたのとは全く違う人物ですから。恥ずかしいですよ、あれは。私の小説の発刊に合わせて大河ドラマを作ったのはわかりますけどね(笑)それはありがたいですけど。

実際の王朝がどんなふうだったのか。紫式部という女性が見ていたのはどんな世界だったのか。かなりリアルに伝わってきます。「源氏物語って、こんなすごい小説だったんだな」と思いました。帚木さんにサインをしてもらった『香子紫式部物語』1~3巻をセットにして、1名様にプレゼントします。番組への感想を添えて、ご応募ください(※受付は終了しています)。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

帚木蓬生さんのサイン本を手に

1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュースやドキュメンタリーの制作にあたってきた。報道部長、テレビ制作部長、ドキュメンタリーエグゼクティブプロデューサーなどを経て2023年から報道局解説委員長。最新ドキュメンタリーは映画『リリアンの揺りかご』(4月19日からU-NEXTで有料配信予定)。