「ハイボールの聖地」として松山で長年親しまれ閉店したバー露口。
そのカウンターが大阪にあるサントリーの工場に移設され、この程、愛媛からのツアー客に初めてお披露目されました。
今月23日、大阪にあるサントリー山崎蒸留所の見学ツアーが開催されました。
1958年に愛媛県松山市二番町でオープンした「サントリーバー露口」。
店主の露口貴雄さんと妻・朝子さんが二人三脚で営業し、多くの人に愛されてきましたが、おととし惜しまれつつ閉店しました。
去年9月には貴雄さんが86歳で亡くなりましたが、露口さん夫婦と歩んできたカウンターは山崎蒸留所に移設されました。
今回のツアーは普段公開していないカウンターが見られるとあって400人以上が応募。バー露口への思いを書いた作文をもとに28人が選ばれました。
(参加者)
「露口によく夫婦で行っていたので申し込みました」
「ウイスキーを飲むのが大好きで、その思いを書いて、ツアーに当たって27日きた」
「ここに来たかったので超嬉しい」
参加社はまず、山崎蒸留所の歴史や製造工程の説明を受けます。
そして、参加者が蒸留所の見学へ向かう間にスタッフが壁に隠されていたカウンターのお披露目準備を始めます。
一行が見学から戻ってきたところで…。姿そのままに移設されたバー露口と再会した参加者たち。涙を浮かべる人の姿もありました。
そして「バー露口」の雰囲気を再び体感できる特別なひと時が用意されました。
(参加者)
「マスターとママが立っているように感じる」
「あの二人をみているだけでも、仲がいい夫婦だし雰囲気のなかで浸って、美味しいお酒を飲むというだけでいい思い出」
(母親と参加した20歳の女性は)
「みなさんの色々な思い出が詰まっている場所なんだなと思って、初めて来たけど、思うものがあって感動している」
参加者はバー露口へ思いを馳せながら、忘れられないひとときを過ごしたようです。
(サントリー四国支社・高梨明治支社長)
「64年間という長きにわたって、角ハイボールのおいしさを世に大きく広めてもらった功績は大きすぎると感じている。この功績を日本中、世界中に広めていきたいという思いはある」
多くの思いが詰まったバー露口は、ここから後世へと受け継がれていきます。
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