中国の習近平国家主席は9月下旬、ワシントンでトランプ米大統領と会談した際、「トゥキディデスのわな」を回避するため、米中協力を一段と強化するよう呼びかけた。

学術的にも聞こえるこの言葉は、米中関係を巡る中国政府の構想の核心に関わる。習氏がこの言葉を持ち出したのは今回が初めてではない。トランプ氏が5月に北京を訪問したときにも、同じ考えに言及していた。

この言葉を2010年代前半に広めたのは、米ハーバード大学の政治学者グレアム・アリソン氏だ。古代ギリシャの歴史家トゥキディデスの記述を踏まえたもので、台頭しつつある大国がすでに覇権を握っている大国に挑戦すると、必然的に衝突が起き得るというのがアリソン氏の主張だ。同氏の研究では、歴史上このパターンが繰り返されてきたとされ、米中対立を考察する枠組みとして用いている。

簡単に言えば、構造的な緊張を巡る問題だ。経済とテクノロジー、軍事の各方面で中国が存在感を高め、世界の超大国として長年君臨してきた米国の優位が揺さぶられている。米中どちらも対立を望んでいなくても、競争そのものがコントロールしにくい圧力を生み出すリスクがある。

トゥキディデスとは

トゥキディデスは紀元前5世紀のギリシャの歴史家で、当時のペロポネソス戦争について、台頭する都市国家アテネと、すでに覇権を握っていたスパルタとの避けられない衝突だったと説明した。アリソン氏はこの記述を基に「トゥキディデスのわな」という言葉を生み出した。

習氏はなぜトゥキディデスのわなに言及したのか

北京を拠点とするアナリスト、王子辰氏によると、習氏がこの概念を使い始めたのは少なくとも2014年にさかのぼる。王氏は習氏が過去にこの枠組みに言及した事例を調査した。習氏は2024年11月、ペルーで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて当時のバイデン米大統領と会談した際にも、この言葉を使った。

習氏のメッセージは一貫している。衝突は必然ではないというものだ。米中は共存の道を見いだすべきだというのが中国の立場で、それを中国政府はしばしば「相互尊重」や「ウィンウィンの協力」と表現している。

そこには戦略的な狙いもある。中国政府はこの概念を持ち出すことで、米中間の緊張を、貿易摩擦や台湾問題の枠を超えたより大きな問題に位置付けている。つまり、大国同士がどう向き合うかを左右する決定的な試金石という認識だ。

また、中国が米国に従属する存在ではなく、対等な超大国だとの立場を強調する効果もある。習氏はトランプ氏に対し、中国と米国は「大国関係の新たなパラダイムを築けるか」と問いかけた。

ワシントンではこの言葉の使用に慎重な向きもあり、米政策当局者はむしろ、歯止めとなる仕組みやリスク管理を重視する傾向がある。

トゥキディデスのわなは他の紛争にも当てはまるのか

アリソン氏は、過去500年間に台頭する大国が既存の覇権国を脅かした事例を16件挙げ、そのうち12件が戦争に至ったとしている。例えば第1次世界大戦に至る過程では、ドイツが欧州で軍事力を誇示し、国外に独自の帝国を築こうとしたことで、当時の覇権国だった英国との関係が緊張した。

同様に、1600年代の「三十年戦争」は当初、ドイツやオランダの諸国家から成る新興のプロテスタント勢力と、既存のカトリック勢力である神聖ローマ帝国との緊張が高まる中で起きた。

アリソン氏は、中国が強大になるにつれて米国の影響力に取って代わる脅威となり、不健全な競争関係が生じて武力衝突につながる可能性があると論じている。

わなから逃れることはできないのか

そんなことはない。世界の大国が平和的に共存することは可能だ。20世紀には米国が英国に代わる軍事・政治大国となったが、その移行は比較的円滑だった。第2次世界大戦後に分断されていたドイツは1990年に再統一し、紛争を引き起こすことなく欧州で大きな力を取り戻した。

冷戦もまた、超大国同士の険悪な対立が必ずしも全面戦争にエスカレートするわけではないことを示した。ただし、米国とソ連が代理勢力を通じて衝突したことは確かだ。

一部のアナリストは、トゥキディデスのわなは戦争の原因を単純化し過ぎているとみており、米中関係を理解する枠組みとして用いることに懐疑的だ。

原題:What Is The Thucydides Trap and Why Did Xi Raise It With Trump?(抜粋)

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