なぜ上海市で陪診師の育成が盛んなのか
上海市でこの取り組みが進んでいる最大の理由は、高齢化の進展が中国の中でも早いことである。2025年末、上海市の戸籍人口に占める60歳以上は584.4万人、37.6%に達し、65歳以上は30.0%、80歳以上も5.8%となっている。さらに、高齢者のみの世帯の高齢者数は189.9万人、独居の高齢者は36.8万人に達する。
つまり上海市では、高齢者が多いだけでなく、高齢者のみで暮らす世帯や一人暮らしの高齢者が多い。医療機関への付き添いを家族だけに依存することが難しく、専門的な付き添いサービスへの需要が生まれやすいのである。
また上海市は、医療・介護サービスの基盤が比較的整備され、充実している。こうした医療・介護にかかわる資源やサービスが集積しているからこそ、それらを高齢者につなぐ「中間的な支援サービス」を制度化しやすい状況にもある。
このように、上海市における陪診師の育成・促進は、単なる新しい職業の創出にとどまらない。高齢化・少子化・家族の規模の縮小によって後退した家族の医療支援機能を、介護・医療・地域サービスと市場を組み合わせて補完する仕組みと捉えることができる。今後、中国ではこれまでの高齢者の介護サービスだけでなく、通院、買い物、行政手続きなど、これまで家族が担ってきた生活支援機能そのものが社会化・サービス化していく可能性がある。上海市の陪診師の取り組みは、その先行事例として注目される。
今後の課題
陪診師は、高齢化や少子化によって家族だけでは担いきれなくなった高齢者の通院支援を補完する新たなサービスとして期待されている。一方、その普及にはいくつかの課題も残されている。
まず、医療行為との境界の明確化である。陪診師は受付や検査、会計への同行、医師とのコミュニケーションなどを支援するが、医療行為を行う資格を持つわけではない。特に、診療内容の説明や服薬に関する支援などでは、陪診師の判断が医療行為に踏み込まないよう、業務範囲を明確にする必要がある。
次に、資格・職業能力の標準化である。陪診師が社会に定着するためには、業務に必要な知識・技能を明確にし、それを客観的に評価する仕組みが必要となる。上海市が陪診師を職業能力評価の対象に組み入れ、研修制度の整備を進めているのは、こうした人材の質を確保するためである。今後は、どのような研修を修了すれば資格を取得できるのか、どの程度の技能水準を満たせば認定されるのか、また資格取得後の更新や継続研修をどうするのかといった制度設計が課題となる。一方で、資格取得の要件を過度に厳しくすれば、担い手不足やサービス価格の上昇を招く可能性もあり、質の確保と人材確保のバランスが求められる。
また、サービスの標準化も課題である。今後、需要の拡大に伴って多様な事業者が参入するとみられるが、研修内容やサービス水準が統一されなければ、事業者によって提供されるサービスにばらつきが生じる可能性がある。資格・職業能力評価の整備と併せて、陪診師が提供すべき基本的なサービス内容や業務手順を標準化していくことが必要である。
さらに、費用負担と利用格差である。付き添いサービスは基本的に有償であるため、所得の低い高齢者ほど利用しにくくなる可能性がある。家族に頼ることのできない高齢者を支援する制度でありながら、経済力によって利用可能性に差が生じれば、本来の政策目的と矛盾しかねない。
最後に、付き添い中の事故や医療情報の漏洩などについて、責任の所在の明確化や個人情報保護のルールも必要となる。陪診師は高齢者の健康・診療・社会保険・経済状況など多くの個人情報に触れる可能性が高く、事業者を含めた管理体制の整備が不可欠である。
陪診師の普及は、家族が担ってきた医療支援(家族内ケア)の社会化ともいえる。今後は、単に陪診師の人数を増やすだけでなく、資格・職業能力の評価を通じて人材の質を確保し、医療・介護・地域社会と高齢者をつなぐ専門的な支援サービスとして質を高められるかが重要となるであろう。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき)