ウォラー理事発言で重要なのは9月利上げの考え方より「財政健全化」への言及

据え置きが基本シナリオであることを示したウォラー理事

FRBのウォラー理事は9月3日の講演で、「インフレ率は依然としてFOMCの2%目標を有意に上回っているものの、最近のデータは、ようやくディスインフレの兆候が見え始めていることを示唆している」(筆者訳。以下同)と述べ、インフレ見通しについて比較的楽観的な見方を示した。9月FOMCにおける政策判断については、「今後2週間の間に発表されるデータでもこの流れが続くなら、私はFF金利誘導目標を現行水準に据え置くことを支持する方向に傾くだろう」と指摘した。「もし8月のデータが、足元の改善が一時的なものであったことを示すなら、FOMCが9月15日から16日に会合を開く際に政策金利を引き上げることが適切かもしれない」とも述べたが、発言全体を踏まえれば、ウォラー理事の基本シナリオは利上げではなく据え置きであると考えるのが自然だろう。

もっとも、前日にはウィリアムズNY連銀総裁もインフレの改善について楽観的な見方を示しており、こうした認識自体は7月FOMC議事要旨でも既に確認されていた。今回の講演は、市場で議論されているほど大きなサプライズではなかったと言える。

市場では直近のジャクソンホール会合でウォーシュFRB議長が利上げの可能性に言及したことが注目されていた。しかし、ウォーシュ議長が強調したのは、「私は本日、ある決定にコミットしているのではなく、規律にコミットしている」という点であった。必要であれば利上げを行うという政策運営上の規律を示したのであって、利上げそのものを予告したわけではない。今回のウォラー理事も、インフレが再加速した場合には利上げを支持する考えを示しており、両者の発言は整合的である。リスクシナリオとして年内利上げの可能性を排除すべきではないが、現時点におけるメインシナリオは据え置きと考えて良いだろう。

真に重要だった財政問題への言及

もっとも、今回のウォラー理事の発言の重要性は9月FOMCの判断に関する部分ではない。本当に注目すべきだったのは、講演後の質疑応答で示された財政問題に対する認識である。

ウォラー理事は、ベッセント財務長官が提唱する「経済成長による債務問題の解決」(ロイター)が可能かとの質問に対し、「構造的な財政赤字をゼロに近い水準まで縮小できれば可能になる」(同)と述べた。また、債務負担を実質的にインフレによって軽減する手法については、「現在の環境で米国民をより豊かにする上で望ましい結果ではない」(同)と指摘している。さらに、経済成長率3%、インフレ率2%を達成したとしても、財政赤字の対GDP比率を実質的に縮小することは難しいとの見方を示したという。加えて、財務省による国債買い入れ(バイバック)を通じた金利上昇抑制策についても、「経済学者としても、こうした短期的な介入策が大きな効果を持つとは考えたことはない」(同)と述べ、その有効性に懐疑的な見方を示した。

これらの発言から読み取れるのは、債務問題の解決に近道は存在せず、最終的には財政赤字そのものを縮小していく必要があるとの認識である。インフレによる実質債務の圧縮にも否定的であり、市場介入による金利抑制にも依存できないという考え方が示された。その意味で、今回の発言はインフレ見通し以上に、米国当局者の財政認識を理解する上で重要な意味を持っていると言えるだろう。

当局者の関心は債務問題という中長期的なテーマへ

足元の市場では、インフレ率が何%になるのか、次回FOMCで利上げがあるのか、それとも据え置きなのかといった短期的なテーマに関心が集中している。しかし、最近の当局者発言を振り返ると(最後にまとめた)、より本質的な論点は別のところにあるように見える。

米国では近年、政府債務の増加が続き、その持続可能性が大きなテーマとなっている。インフレ率の低下が進む中で、債務問題にどのように向き合うのかという課題は今後さらに重要性を増すだろう。ウォラー理事は今回、経済成長だけで問題を解決することは容易ではなく、財政赤字の縮小が必要であるとの認識を示した。そして、その発言は単なる財政論にとどまらず、今後のマクロ経済環境に対する見方とも密接に関連しているように思われる。

筆者は、ウォラー理事が今回比較的ハト派的な姿勢を示した背景には、中長期的に財政健全化が進められる可能性を意識していることがあるのではないかと考えている。もし財政赤字の削減が進めば、これまで経済を支えてきた財政需要は弱まることになる。その結果として需要不足やディスインフレ圧力が強まり、将来的には利上げよりも利下げが正当化される環境へと向かう可能性がある。

もちろん、これは現時点での市場のメインテーマではない。しかし、債務問題の重要性を考えれば、今後数年の米国経済・市場を左右する最大のテーマになる可能性は十分にある。今回のウォラー理事の発言は、そのことを改めて示唆したものだったと評価できる。

まとめ:最近の当局者発言が示唆するもの

≪ベッセント財務長官≫
ベッセント財務長官はG20で「この状況から抜け出す唯一の方法は、成長によって抜け出すことだ」(アクシオスより筆者訳。以下同)と述べた。その上で「規制緩和や民間部門の成長を促進する政策を、G20各国がより広く受け入れるべきだと主張した」という。さらに、「ベッセント長官はこの成長重視のアジェンダを米国の有力企業幹部が集まる場に直接持ち込み、金融規制の緩和と、政策形成における民間部門のより大きな役割を求めた」と報じられた。
⇒ 規制緩和や民間部門の成長に関する言及は、暗に財政拡張が困難であることを示唆している。財政健全化の方向に舵を切らざるを得なくなっている状況で成長期待を維持するため、民間部門への期待を強調しているように見える。高市政権に対しても、財政拡張やインフレ圧力を高める金融緩和策ではなく、民間部門の成長を重視すべきというスタンスを示しており、整合的である。

≪ウォーシュFRB議長≫
ウォーシュ議長はG20で、投資が世界的に急増しており、これが成長を後押しし、投資機会の不足で資本が滞留していた過去の「貯蓄過剰」を逆転させているとの認識を示した。「今の状況を特徴づけるなら、それは『世界的な投資の急増』の局面だ」(ロイター)とし、長期停滞という概念はもはや当てはまらないとの見方を示した。
⇒市場で話題になっていない「長期停滞」を否定する発言は、やや唐突だった。だが、財政健全化が避けられないと考えれば、将来的には需要不足や低成長への懸念が高まる可能性がある。市場に「長期停滞」が意識されないよう、先手を打って楽観的な成長ストーリーを提示した可能性がある。

≪ウォラーFRB理事≫
ウォラー理事は9月3日、当面は利上げではなく据え置きがメインシナリオであることを示した講演の後の質疑応答で、ベッセント財務長官が提唱する「経済成長による債務問題の解決」(ロイター)が可能かとの質問に対し、ウォラー氏は「構造的な財政赤字をゼロに近い水準まで縮小できれば可能になる」(同)と指摘した。債務負担を実質的にインフレによって軽減する手法は「現在の環境で米国民をより豊かにする上で望ましい結果ではない」(同)とした。
⇒ 財政健全化のためには財政赤字の縮小が必要であると示唆した。その考え方が前提になれば、将来的に経済は需要不足やディスインフレ圧力に直面しやすくなる。ウォーシュ議長が「長期停滞」に言及したように、ウォラー理事もまた、中長期的な経済の下振れリスクを意識している可能性がある。
足元では利上げの可能性が議論されているものの、当局者の視線はその先にある財政健全化後の経済環境に向き始めているのかもしれない。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)