飲食料品の消費減税の隠れた悪影響 ~ライフスタイルの変化に逆行?〜

消費減税がもたらす「外食から内食へ」のシフト

政府・与党内では飲食料品に対する消費税率の引き下げが議論されているが、その副作用として外食産業への影響が懸念されている。報道によれば、政府は外食産業向けにセルフレジ導入や持ち帰りサービス拡充などの省力化支援策を検討しており、その詳細は2026年末までに決定される見通しである。

確かに、飲食料品が減税対象となれば、スーパーなどで購入する食材や加工食品の価格は低下する。結果として、家計にとって自炊の経済的メリットが大きくなり、外食需要が一部内食へ移る可能性がある。このため政府が外食産業への支援策を検討するのは一定の合理性がある。

もっとも、経済への影響は単純な「外食か自炊か」という需要の奪い合いではない。外食産業は単に食材を販売しているわけではなく、「調理」「配膳」「店舗空間」「時間の節約」といったサービスを提供している。消費者が対価を支払って購入しているのは、食材だけでなくそれらを含めた付加価値である。

その付加価値を家計が自ら生産するようになれば、市場で計上される付加価値は減少する。これはGDP統計における家事労働の扱いとも関係する論点である。国民経済計算(SNA)では、家庭内で行われる炊事や洗濯などの家事労働は原則としてGDPに計上されない。レストランで提供される食事はGDPに計上されるが、自宅で同じ調理を行ってもGDPには反映されないのである。したがって、減税によって家計が市場サービスを利用する機会が減り、家事労働へシフトすれば、統計上も実体経済上も付加価値の縮小要因となり得る。

「時間の制約」という見落とされがちな問題

さらに重要なのは、家計にとっての制約が必ずしも「お金」だけではないという点である。飲食料品の消費減税によって自炊の相対的な魅力が高まれば、家計は食費を節約できる。しかし、その代償として調理や買い物、後片付けの時間は増加する。経済学的には、家計はお金だけでなく時間という希少資源もやり繰りする必要がある。

近年、日本では女性や高齢者を中心に労働参加率が大きく上昇してきた。共働き世帯も増加し、家計が自由に使える可処分時間は縮小傾向にある。こうした状況下で外食や中食(弁当・総菜)の利用が増えてきた背景には、「所得の増加」だけでなく「時間の節約」という需要が存在していた。

横浜市立大学の原広司准教授と三浦武助教は、「仕事や家事のほかに「育児」が加わる世代は時間貧困に陥るリスクが高い。別の研究では、子どもがいる共働き世帯の約3割が時間貧困との結果も出ている」(東京新聞)と指摘している。

仮に減税によって自炊が増えたとしても、その結果として余暇時間が減少すれば、映画館、旅行、娯楽、スポーツ、教育サービスなど他のサービス消費が抑制される可能性がある。食費が下がったことで生じた金銭的余裕は本来他の消費へ向かうはずだが、時間が不足していれば消費そのものが行われず、貯蓄へ回る可能性もある。

消費減税の効果を評価する際には、家計の「所得制約」だけでなく「時間制約」にも目を向ける必要があるのである。

エンゲル係数騒動が示した「生活スタイルの変化」

こうした時間の価値を巡る議論は、2018年の「エンゲル係数騒動」を思い出させる。

当時、食料品価格の上昇によってエンゲル係数が高水準となり、野党は、アベノミクス以降の円安進行や食料品価格の上昇を背景として、「生活が苦しくなっている証拠だ」(毎日新聞)と批判した。これに対して安倍首相(当時)は2018年1月31日の参院予算委員会で、「物価変動のほか食生活や生活スタイルの変化が含まれている」(同)と反論したことが注目された。

この発言は大きな論争を呼び、翌日にはウィキペディアの「エンゲル係数」の説明文が首相答弁を踏まえた内容へ改変され、それを巡る編集合戦が発生した。毎日新聞によれば、編集は19回に及び、最終的にはページが凍結されたという。

もっとも、当時の議論を振り返ると、どちらか一方だけが正しかったわけではない。総務省統計局は(エンゲル係数の)「上昇には、物価変動のほか、食生活や生活スタイルの変化などが含まれているものと考えられます」と説明している。具体例として、単価の高い調理食品や外食の利用増加、高齢者比率の上昇などを挙げている。

筆者も、長期的なライフスタイル変化の影響は無視できないと考える。ただし、2010年代後半のエンゲル係数上昇に関しては、円安や食品価格の上昇という価格要因の方が大きかった可能性が高い。結果として、当時の安倍氏の説明はやや「言い訳」と受け止められてしまった面があっただろう。

消費減税は時代の流れに逆行する可能性

いずれにせよ、今回の飲食料品減税を考える上で興味深いのは、安倍氏や総務省が説明していた「生活スタイルの変化」と逆方向の政策となる可能性がある点である。少子高齢化が進み、人手不足が構造問題となるなかでは、生産者側だけでなく消費者側にも効率化が求められる。経済政策の評価においても、「どれだけお金が節約できるか」だけではなく、「どれだけ時間を生み出せるか」という視点が重要になるだろう。飲食料品の消費減税は、一見すると家計支援策として分かりやすい政策である。しかし、その裏側には、市場サービスの縮小や家事労働の増加、さらには時間貧困の深刻化といった見落とされがちな論点が存在する。今後の議論では、家計の財布だけでなく、家計の時計にも目を向ける必要があるのではないだろうか。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)