米国の政治・財政を巡る不透明感から、投資家の間でドルへの警戒感が再び強まっている。一部の投資家がドルを手放す中、暗号資産(仮想通貨)ビットコインや金など代替資産の価格は急騰している。

ウォール街はこれを「ディベースメント取引」と呼んでいる。これは、イングランド王ヘンリー8世やローマ皇帝ネロといった歴史上の統治者が、金貨や銀貨に銅など安価な金属を混ぜ、その価値を低下させた慣行にちなんだ表現だ。この言葉は、ドルの価値が低下するとの懸念から、投資家がドルからの逃避先を求めているという概念を表している。

こうした動きが実際に存在するとの見方に全ての人が納得しているわけではなく、ドルが下落するたびに警鐘を鳴らすべきではないとの意見もある。ただ、ディベースメント取引を支持する人々は、こうした動きが勢いを増しており、米国の債務負担が増え続ける中、米国資産を保有する投資家が抱える問題の深刻化を映していると主張する。

今回の懸念の背景には、ベッセント米財務長官による市場への介入がある。まず円相場の下支えで介入し、その後、特定の米国債を買い戻す計画を発表して米国の長期借り入れコストを抑えようとした。いずれもドルの下落を招いた。

米ドル紙幣

ディベースメント取引とは

これは、通貨やその他の資産の価値が目減りするリスクに備えて投資家が用いる戦略を指す。政治・財政ショックの影響を受けやすい通貨や証券を売却し、金などの「安全資産」に資金を移す。

単なる安全資産への逃避ではない。投資家は暗号資産にも資金を投じている。暗号資産は価格変動が非常に大きい場合があるものの、金融・財政政策の影響を比較的受けにくいとみられている。

支持派によると、ディベースメント取引は2025年、トランプ米大統領の貿易関税で経済見通しに不透明感が広がり始め、米政府機関閉鎖の可能性が財政赤字への懸念を強めたことで勢いを増した。

ドルは昨年、年間で10%近く下落し、17年以来最悪のパフォーマンスとなった。対照的に、金は65%上昇した。

その後、26年初めにはドルが持ち直した。投資家は米連邦準備制度理事会(FRB)議長にケビン・ウォーシュ氏が選ばれたことを好感し、物価安定の実現を最優先課題とする同氏の発言を歓迎した。金利上昇の可能性は一般に通貨の支援材料となる。

通貨価値下落の議論が再燃した理由は?

ベッセント氏は、米国がなお「強いドル」政策を維持しているとしながらも、通貨価値下落への懸念を再燃させる2つの措置を取った。

まず、米国は日本と協調し約30年ぶりに円買い介入を実施した。ただ、売却したのはドルではなくユーロだった。この措置については、日本が円防衛に必要なドルを調達するため米国債を売却せざるを得なくなるリスクを低下させたとの見方も出た。

次に、戦争に伴うインフレ懸念と根強い財政不安を背景に米30年国債利回りが上昇を続ける中、米財務省は年限が10-30年の米国債の一部について買い戻し規模を少なくとも倍増すると発表した。

ドイツ銀行のジョージ・サラベロス氏は顧客向けリポートで、米国債の市場価格が「下落することを『許されない』」のであれば、海外投資家が保有する米国債の為替換算上の価格がドル安を通じて調整されなければならないと述べた。

ブルッキングズ研究所のシニアフェロー、ロビン・ブルックス氏はさらに踏み込み、米財務省は「火遊びをしている」と指摘。米国の根本的な財政不均衡に対処せずに長期金利を抑えようとすれば、債券にかかる圧力が通貨に移る恐れがあると警告した。債務危機ではなく通貨危機に変容する可能性があるとし、日本の最近の経験と長期にわたる円安を教訓として挙げた。

ウォーシュ氏率いるFRBが、従来想定されていたような利上げを実施しない可能性を巡る観測が強まったことも、26年後半に投資家がドル売りに傾く要因となっている。

投資家はなぜ全般にドルを懸念しているのか?

米国は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が最も深刻だった時期、リセッション(景気後退)を回避するため多額の借り入れを行った。資金が経済に流れ込むにつれて商品やサービスへの需要が増え、多くの場合、インフレを加速させた。FRBは需要を抑え、物価上昇を抑制するため大幅な利上げで対応した。この措置はおおむね奏功したが、高金利環境によって巨額かつ増え続ける債務の利払い負担は重くなった。

米政府の利払い負担が増すことで、政治家が景気刺激に使える資金は減る。政府は債務返済に資金を振り向けるため歳出を削減する必要に迫られる可能性もあり、成長をさらに圧迫し、ドルに下押し圧力をかける。

米国の政府債務は現在40兆ドル(約6400兆円)を超えている。政府の借り入れ維持が難しくなっているとの見方も、成長の重しとなり、通貨安につながる可能性がある。著名投資家レイ・ダリオ氏は8月、米国の債務危機の可能性に備え、債券投資を減らし、金とビットコインを保有するよう投資家に促した。

さらに、トランプ氏とベッセント氏は否定しているものの、実際にはドル安を容認しているとの観測もある。

金にはどんな魅力があるのか?

金は時に、典型的な「安全資産」、つまり不安定な局面でも価値を維持できる資産とみなされる。供給量や価格が政府や中央銀行によって直接管理されておらず、政策や財政上の決定の影響を受けにくいため、投資家の資金を引き付けることが多い。

短期的に見れば、金はインフレに対する完全なヘッジ手段ではない。それでも多くの投資家は、供給を制約するのが政治ではなく地質上の条件であることから、長期的に価値を維持できる数少ない流動性資産の一つとみている。また、金地金は通常ドル建てで取引されるため、ドルが下落するとほぼ必ず上昇する。ドル安になれば他の通貨を使う買い手にとって金が割安になることも理由の一つだ。このため、ドル下落を見込んでポジションを取ろうとする投資家にとって、金は当然の選択肢となる。

中銀による準備資産の積み増しも金需要を押し上げている。その動機の一つは通貨が武器として利用されることへの備えだ。特に、ロシアによるウクライナ侵攻後、米政府が世界の銀行システムにおけるドルの中心的な役割を利用し、ロシアの国際資金へのアクセスを大幅に制限したことが背景にある。

ディベースメント取引に対する懐疑派の主張は?

一部の投資家は、ディベースメント取引の論理には欠陥がある、あるいは実際にそうした動きが起きていることを示す証拠はほとんどないと主張する。世界の投資家が引き続き大量の米国債を保有していることを挙げ、ドル建て資産から広範な資金流出が起きているわけではないと指摘している。

また、米株式相場の強さを挙げて通貨価値下落の傾向を軽視する向きもいる。海外投資家が米国株を購入するにはドルを買う必要があるためだ。

スペクトラ・マーケッツのブレント・ドネリー社長は当初、ベッセント氏の発表をビットコインを買い、スイス・フランに対してドルを売るシグナルと受け止めたが、米国債の買い戻し規模が市場全体と比べて小さいことから考え直したという。

原題:Why Wall Street Is Refocusing on the Debasement Trade: Explainer(抜粋)

--取材協力:Jack Ryan.

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