日本の長期金利が約30年ぶりの水準まで上昇した背景は「外生的」要因か

足元の金融市場を俯瞰すると、日米双方において金利動向とマクロ経済の実態との間に乖離があるように思われる。

日本国内の債券市場では、財政リスクや円安圧力(日銀の利上げ観測)によって金利上昇が続いてきた。もっとも、足元では消費税引き下げの議論も一巡し、「骨太ショック」を経て債券市場の重要性が意識されたことから、トラスショックを回避したいであろう高市政権は積極財政の主張をやや慎重にしていくことが予想される。

また、後述するように米国のインフレ指標が落ち着いた推移になる中、FRBの利上げ観測は後退し、ドル高圧力は弱まっている。

8月17日に公表された日本の4-6月期実質GDP成長率は年率換算でプラス1.1%にとどまり、市場予想の2%前後を大きく下回った。高校授業料無償化に伴う家計支出減と政府支出増、あるいは石油備蓄放出に伴う輸入減少といった統計上のテクニカルな特殊要因を差し引いたとしても、個人消費の基調は決して力強いとは言えない。

日銀の利上げ観測が高まる状況はピークを過ぎつつあると言えよう。

すなわち、8月17日に長期金利が約30年ぶりの水準まで上昇した理由を、国内要因から特定することは難しい。日本の長期金利上昇は「内生的」なものではなく、米国債券市場の金利上昇が波及した「外生的」な現象と捉えるのが妥当だろう。

米国「悪い金利上昇」のメカニズム:物価ではなく実質金利・需給の歪み

その波及元であるとみられる米国市場に目を向けると、より深刻なパラドックスが横たわっている。

インフレ指標が弱めの結果になっていることに加えて、個人消費の弱さが懸念され、米国経済は減速シグナルを発している。その結果としてFRBの追加利上げ観測が後退している。それにもかかわらず、米長期金利は4.7%台の高水準である。

市場ではこれを安易に「根強いインフレ懸念」と片付ける言説が散見されるが、データを冷静に分解すれば、それが実態と乖離した誤った認識であることが明白となる。

米国で生じている長期金利の高止まりの正体を解明するためには、まず直近のマクロ指標と市場の織り込み状況を正確に把握する必要がある。

米国の労働市場では、非農業部門雇用者数が前月比で大幅な減少を示し、平均時給の伸び率も鈍化している。失業率こそ労働参加率の低下によって低水準を保っているものの、労働市場から退出する人が増えた結果としての見かけの低さであり、実態としての雇用拡大や賃金インフレの兆候はもはや見られない。さらに、個人消費を映す小売売上高も弱含んでおり、景気全体の減速傾向は疑いようのない事実となっている。

景気減速とインフレ沈静化を受けて、先物市場が織り込むFRBの利上げ回数は年内1回未満(0.9回程度)にまで急減した。利上げ観測の観点からは、長期金利が低下してもおかしくない状況である。

なお、米国の景気減速は半年程度続くだろうと、筆者は予想している。FRBが利上げに動くことはないだろう。

しかし、現実の長期金利は下がっていない。長期金利を「インフレ予想(BEI)」と「実質金利」に分解して検証すると、その背景が浮き彫りになる。

10年BEIは2.28%前後で推移しており、インフレ予想は全く加速しておらず、コロナ後のレンジの下方に位置している。名目金利を押し上げている要因は、2.38%前後に張り付く「実質金利」の高さにある。少なくとも米長期金利を押し上げているドライバーはインフレ懸念ではないと判断できる。

前述したように、FRBのタカ派スタンスが実質金利を押し上げているのではないとすれば、純粋なリスクプレミアム、すなわち財政リスクを含めた債券の需給悪化が金利を高止まりさせているのである。

では、何が債券需給をここまで悪化させているのか。

その要因として浮上しているのが、巨大IT企業(ハイパースケーラー)によるAIインフラ投資に伴う巨額の資金調達、すなわち社債の大量発行の見通しである。民間発の社債発行ラッシュがクレジット市場のみならず米国債市場全体の需給を圧迫している可能性がある。国債と競合する優良社債の供給が急増した結果、市場全体で金利が高止まりせざるを得ない構造が生じている。

マクロ景気の過熱やインフレを伴わない金利上昇である以上、これは企業や家計の借入コストを一方的に押し上げる「悪い金利上昇」と言える。

むろん、金利が上がれば、民間企業は社債発行を抑制することが予想され、「悪い金利上昇」は市場メカニズムによって徐々に落ち着いていくことが予想される。しかし、それまでは金利が高止まりする可能性がある。

ベッセント米財務長官は長期金利の上昇圧力を抑制したい意向のようだが、当局が対応する余地はあまり大きくないだろう。即効性があるのは、FRBが長期国債の買い入れを増やすという選択肢となるが、ウォーシュFRB議長はFRBのバランスシートが拡大することを問題視している。

「悪い金利上昇」によって米金利が高止まりするという議論がしばらく続く可能性が高い。

国内マクロ環境と日銀の追加利上げシナリオ

こうした米国の「悪い金利上昇」が日本市場へ波及する中で、日銀が直面する政策判断は一段と複雑さを増している。焦点となっているのは、次回利上げのタイミングが9月会合なのか、それとも10月会合なのかという点である。

市場の一部では、先般の日米協調為替介入の交換条件(バーター)として、米財務当局から日銀に対して9月利上げが約束されたのではないかという密約説が取り沙汰された。しかし、中央銀行の信認の根幹である「政策決定の独立性」に照らせば、特定月での利上げを他国政府と密約したと解釈するのは非現実的である。9月利上げが既定路線化しているわけではないだろう。

日銀の政策スケジュールを冷静に評価するならば、6月に利上げを実施した後、9月会合で矢継ぎ早に追加利上げを強行することは、政策運営上大きなリスクを伴う。

わずか3か月のインターバルで利上げを行えば、市場は3か月ごとのペースで機械的に利上げを進めると織り込み、催促相場を誘発しかねない。過去の説明との整合性を保ち、利上げが経済に与える影響を見極める期間を確保するためにも、ピッチの急速な加速は日銀にとってリスクとなり得る。

4-6月期のGDP統計が弱めの結果となったこともあり、日銀が追加利上げの正当性を説明する上で最も重要となる材料は、10月1日に発表される予定の「日銀短観」になるだろう。

実質GDPが示す実体経済の弱さとは裏腹に、企業収益は円安や価格転嫁の進展によって高水準を維持しており、日銀短観の業況判断DIは底堅い結果となる可能性が高い。日銀としては、景気全体の実勢というよりも、企業マインドと設備投資スタンスの堅調さを確認した上で、10月末の決定会合で利上げに踏み切る方が、対外的な説明責任を果たす上で遥かに筋を通しやすい。

現状では、日銀は10月利上げに動く可能性が高い。その後は米経済の減速を背景としたドル安圧力によって円安圧力が緩和され、日銀の追加利上げは見送られる(ターミナルレートは1.25%)だろうと、筆者は予想している。

リスクはインフレ懸念やFRBの利上げ(ドル高)から「悪い金利上昇」へ

「悪い金利上昇」の局面では、金利差と為替相場の連動性が低下することが予想される。

通常、米金利の高止まりはドル高・円安要因と捉えられやすいが、今回の米金利上昇は、景気拡大やFRBの追加利上げを伴わない「悪い金利上昇」である可能性が高く、ドル高圧力は生じないだろう。現に、ドル指数は軟化しており、ドル独歩高の勢いは削がれている。

米国の景気減速が進行し、悪い金利上昇が株価の上値を抑える構図が続く限り、ドル高圧力は一段と和らぐ公算が大きい。ドル円相場における一方的な円安圧力が後退しているのであれば、日銀が為替防衛のみを目的に9月利上げを急ぐ必然性は低下する。

総じて言えば、現在の市場が直面している最大のリスクは、インフレの再燃ではなく、AI投資バブル的な資金調達に伴う債券需給の歪みと、それに起因する「悪い金利上昇」の長期化である。

日本の政策当局および市場参加者は、表面的な金利水準の急騰に惑わされることなく、金利上昇の構成要素(実質金利とBEIの乖離)を冷静に見極めた上で、拙速な引き締めペースの加速を自制し、10月の短観を踏まえた秩序ある正常化プロセスを選択することが肝要である。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)