米著名投資家、ヴィクター・ニーダーホッファー氏が亡くなった。82歳だった。逆張りの投機家として名をはせ、クオンツ投資の先駆者として巨額の利益を上げる一方、1997年のタイ株暴落や2008年の金融危機で大きな損失を出した。

家族によると、4日にコネティカット州ウェストンの自宅で死去した。

スカッシュで全米選手権を5度制し、チェスやチェッカーの名人にもたびたび勝負を挑んだ。ウォール街で統計分析が広く使われるようになるはるか以前の1960年代-70年代に、学者として金融市場への応用に着手した。

1980年には、後にニーダーホッファー・インベストメンツとなる会社を設立。並外れた運用成績が著名投資家ジョージ・ソロス氏の目に留まり、ソロス氏のクオンタム・ファンドで債券と外国為替取引の運用を任された。1987-97年の平均リターンは年率28%に達した。

ゲームや音楽、天候、動物と人間の行動も研究し、市場の動きの理解に役立てた。新聞は、扇情的な記事で知られるタブロイド紙「ナショナル・エンクワイアラー」しか読まないと、誇らしげに語っていた。

名門大学で学位を取得していたが、取引にはニューヨーク市ブルックリン区ブライトンビーチで少年時代に路上ゲームを通じて培った、むき出しの競争心を持ち込んだ。

「市場のわなを避けるため、誰もが絶望するまで買いを待つ。街に血が流れる程度では足りない」。ニーダーホッファー氏は著書「The Education of a Speculator(投機家の教育)」(1997年)でこう記した。

同書の出版直後、97年のアジア通貨危機で同氏のファンドは破綻。取引の清算を担っていた米先物仲介大手レフコにも巨額の損失をもたらした。レフコは数億ドルに上る損失の隠蔽(いんぺい)が発覚し、2005年に米連邦破産法の適用を申請した。捜査当局は、一部の会計問題がニーダーホッファー氏の問題にまでさかのぼると判断したが、同氏はレフコ破綻への責任を一貫して否定した。

こうした挫折後も間もなく立ち直り、再び目覚ましい運用成績を上げた。ただ、08年の金融危機で二度目の大規模な破綻に見舞われた。

ブライトンビーチ

ニーダーホッファー氏は1943年12月10日、ブルックリン生まれ。同区のブライトンビーチ地区で育った。

「私が子どもの頃、マンハッタンとウォール街は何マイルも離れた別世界のようだった」と、1997年の著書で振り返った。「ブライトンは投機家としての私を育てたハーバードだった。ゲームや値引き交渉、音楽、性、動物から、現実に根差し、細部にまで目を向ける姿勢を学んだ。それこそが、安く買って高く売る投機家としての土台となった」

ハーバード大学を卒業し、シカゴ大学で金融学の博士号を取得した。

原題:Victor Niederhoffer Dies at 82; Quant Pioneer, Soros Protégé (1)(抜粋)

--取材協力:Gabriel Baumgaertner、Erin Fuchs.

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