・日中の自由時間を奪還するため睡眠を削る「リベンジ夜更かし」。
・意志の弱さではなく、自分だけの時間を確保する切実な欲求である。
・現代社会における時間の希少化を背景に、現在を守る行動として考察する。

睡眠時間を削るという自己犠牲

現代人が最も頻繁に行っている自己犠牲の一つは、睡眠時間を削ることである。私たちは「あと少しだけ」とテレビや動画を見続けたり、ゲームや読書に夢中になったりして、つい夜更かしをしてしまうことがある。このような行動は「就寝の先延ばし(Bedtime Procrastination)」と呼ばれ、本来であれば就寝すべき時間になっても、特段の外的な理由がないにもかかわらず、自らの意思で就寝を遅らせてしまう現象を指す。2014年にオランダのKroeseらの論文「Bedtime procrastination: introducing a new area of procrastination」にて提唱された概念であり、自己制御(セルフコントロール)の失敗として説明されることが多い。「早く寝た方がよい」と理解していながらも、動画視聴やゲーム、SNSなどの誘惑に抗えず、就寝を先延ばしにしてしまうのである。したがって、これは単に寝つきが悪い、不眠で眠れないという状態とは異なる。特定の動機(総じて誘惑)があり、自らの意思で起き続けることを選択した結果として生じる行動なのである。

一方、近年注目されているのが「リベンジ夜更かし(Revenge Bedtime Procrastination)」という言葉である。この言葉が生まれたのは2014年頃の中国とされている。当時、中国ではIT企業を中心に「996勤務(午前9時から午後9時まで、週6日勤務)」に象徴される長時間労働が社会問題となっていた。朝から晩まで仕事に拘束され、帰宅する頃にはすでに夜になっている。そのような生活のなかで、人々は日中に失われた自由を取り戻そうと、睡眠時間を削ってでも自分だけの時間を確保するようになった。この行動は、中国のSNS「微博(Weibo)」上で「報復性熬夜(バオフーシン・アオイエ)」、すなわち「日中に奪われた自由を、夜に報復として取り返す夜更かし」と呼ばれ、多くの共感を集めた。その後、この概念は英語圏にも広まり、「Revenge Bedtime Procrastination(リベンジ夜更かし)」として知られるようになった。

その後、この概念は世界各国で共感を集め、とりわけ新型コロナウイルス感染症の流行は、この現象への関心をさらに高める契機となった。パンデミック下では、外出制限や先行きへの不安によるストレスに加え、在宅勤務の普及によって仕事と私生活の境界が曖昧になり、労働時間が長期化したことで自由時間が減少したとする調査も報告されている。こうした環境の変化は、人々のストレスを増大させるだけでなく、夜間に自由時間を取り戻そうとして就寝を先延ばしにする行動を助長したと考えられている。

「リベンジ夜更かし」の実態

セイコーグループ株式会社『セイコー時間白書2024』では15歳~69歳の男女1,200人を対象にリベンジ夜ふかしの経験を聞いているが、45.8%とほぼ2人に1人は経験があり、「ほぼ毎日」が4.8%、「週1日以上」は27.3%とおよそ4人に1人はリベンジ夜ふかし常習者であったことがわかっている。

同様に味の素株式会社が働く30~50代の男女1,017人を対象に実施した「この夏の睡眠状況に関する調査」をみるとリベンジ夜更かしを経験した人は約5割に上った。

マットレスメーカーのAvocado Green Mattressの依頼を受けてTalker Researchが2,000人のアメリカ人を対象に実施した調査では、意図的に夜更かしして自分の時間を確保するリベンジ夜更かしによって、年間で300時間以上の睡眠を失っていることが判明した。回答者の96%がこの行動を経験しており、睡眠に悪影響があるとわかっていても、自分の時間を楽しむために意図的に夜更かしをしていることが明らかとなった。

回答者の63%は、夜の時間が自分だけの時間を持てる唯一の時間だと答えており、これが夜更かしの理由の一つと考えられるとのこと。最も多く挙げられた理由は、趣味の時間を楽しむため(36%)や、ひとりの時間を確保するため(35%)だったという。また、やるべきことを片付けるために起きている(19%)と2割が回答している。興味深いのは、多くの人が睡眠不足の悪影響を理解していることである。同調査では66%が「睡眠に悪影響があるとわかっていても夜更かしをしている」と回答している。また、睡眠不足が健康へ悪影響を与えることを認識している人も多く、実際に睡眠不足の翌日はイライラしやすくなる人が52%、ストレスを感じやすくなる人が48%に上った。つまり、人々は睡眠不足のリスクを知らないのではない。知っていてなお、自ら睡眠時間を削っているのである。

また、花王株式会社ホリスティックヘルスケアグループが20~50代の男女5,000人を対象に行った「夜更かしに関する調査」によると対象者の25.5%が「リベンジ夜更かし」派だったという。 「リベンジ夜更かし」の行動実態を問う設問では、リベンジ夜更かしでしていることとして「動画視聴」(64.3%)が最も高く、「インターネットで調べもの」(48.9%)、「SNS」(40.3%)と続く。リベンジ夜更かしをする理由としては、「なんとなくだらだらと夜更かしをしてしまう」(55.2%)が最も高く、次いで「気になるコンテンツが多く、楽しみたいから」(38.4%)だった。リベンジ夜更かしというよりも誘惑が動機となっている「就寝の先延ばし」のように見えなくもないが、その日のうちにやり残したことがあると感じるからが24.4%、勤務時間が長く、楽しみのために時間を作りたいと思うからが20.4%と、その日の不満や欠乏感を埋める行為として敢えて夜更かしをしている層がいることも垣間見ることができる。

また、前述したAvocado Green Mattressの調査で、リベンジ夜更かしをしている多く対象者が、睡眠に悪影響があるとわかっていても夜更かしをしていたように、リベンジ夜更かしの傾向を問う設問では、リベンジ夜更かしをした日の気持ちについては、47.5%が「満足している」と回答しており、睡眠不足になることや翌日に支障が生じることを認識しながらも、それを上回る心理的な充足感や、自分だけの時間を確保できたという満足感が得られていることがうかがえる。

なぜ「リベンジ夜更かし」を行うのか

しかし、なぜ私たちは睡眠時間を削ってまで夜更かしをしてしまうのだろうか。睡眠不足が健康や仕事のパフォーマンスに悪影響を及ぼすことは、多くの人が理解している。それにもかかわらず、人は翌日の疲労を承知のうえで就寝を先延ばしにする。この行動は、一見すると非合理に見えるが、単なる意志の弱さや自己管理能力の欠如だけでは説明できない。

むしろ、そこには「現在の自分を支えるために必要な時間を確保したい」という切実な感覚がある。日中の時間の大半を仕事や学業、家事に費やし、自分のために使える時間がほとんど残されていない人にとって、夜の数時間は単なる余暇ではない。それは、「今日一日を自分のためにも生きた」と実感するための、かけがえのない時間なのである。

好きなゲームをする。動画を見る。SNSを眺める。推しの配信を見る。あるいは、ただ一人でぼんやり過ごす。これらは生存において必要不可欠な行為ではないかもしれない。しかし、自分自身と向き合い、消耗した心を立て直すうえでは、重要な意味をもつ。だからこそ人は、翌日に疲れが残ると分かっていても、今日の自分を満たすために眠る時間を後回しにする。リベンジ夜更かしとは、現在の自分を支えるために、未来の自分の健康や睡眠という資源を前借りする行動だといえる。

この構図は、睡眠に限った話ではない。人は常に、限られた資源をどう配分すれば自分にとっての満足を最大化できるかを選び続けている。その代表的な資源が、お金と時間である。何かを得るためには、何かを諦めなければならない。ラジオDJが「推し活のためならご飯を抜きますよ」と語っていたように、限られた可処分所得のなかで、生活費と推し活の両方を十分に満たすことができない場合、人は食費を削ってでも心の満足を優先することがある。これは、健康を維持するための資源を減らす代わりに、精神的充足を得ようとする選択であり、健康と心の満足のトレードオフである。

リベンジ夜更かしも本質的には同じである。自由に使える時間が極端に少ないなかで、夜だけがかろうじて自分の意思で使える時間になる。そこで人は、睡眠を削ってでも自分のための時間を確保しようとする。つまりリベンジ夜更かしとは、健康と精神的充足のあいだで行われるトレードオフなのである。

もちろん、この行動を単純に非合理だと切り捨てることはできない。本人にとっては、その数時間がなければ、今日という一日を自分のものとして終えることができないからである。一般には、睡眠時間を確保し、翌日の仕事や学業に備えることが合理的な選択だと考えられている。しかし、それは身体を健康や生産性を維持するための資源として捉える機能主義的な合理性である。当人が求めているのは、明日のための(やりたくもないことをやるための)身体ではなく、「今日を自分のために生きた」という実感なのかもしれない。その意味で、リベンジ夜更かしは(やりたくもないことをやるための)生産性を犠牲にしてでも現在の自己を回復しようとする選択なのである。この視点から見ると、問題なのは夜更かしそのものではなく、人々がそうまでして自分の時間や心の余白を確保しなければならないほど、日常生活そのものが消耗戦になっているという事実ではないだろうか。

しかも、このような消耗戦が続くほど、人々は未来の資源を切り崩しながら現在を維持するようになる。睡眠時間を削ること、食費を切り詰めること、借金をすること、将来への備えを後回しにすること――いずれも、未来に属するはずの資源を現在の充足へ振り向ける選択である。人々は未来を軽視しているのではない。むしろ、先行きが見えにくく不確実性の高い社会だからこそ、遠い将来よりも、いまこの瞬間を守ることが優先されやすくなるのである。

この点を考えるうえで、ハルトムート・ローザの『加速する社会』は示唆的である。ローザは、近代社会が技術的加速、社会変化の加速、生活ペースの加速によって特徴づけられると論じ、その帰結として「現在の収縮」が生じると指摘した。価値観や制度、流行が絶えず更新される社会では、過去の経験をそのまま未来へ延長できる期間が短くなり、「いま」はすぐに過去へと押し流されてしまう。つまり、現代社会では現在そのものが短命化し、希少なものになっているのである。

この議論は、消費文化や日常生活を考えるうえでも重要である。現在が短命になるということは、単に時間が速く流れるということではない。現代では、生活のために支払わなければならないお金が増え、自分の意思だけでは避けられない支出も少なくない。同じように、仕事や家事、情報収集、各種手続きなど、本当にやりたいわけではないことに費やされる時間も増えている。その結果、人々はお金だけでなく時間についても、自分の望むように使える余地を失いつつある。人々が「現在」を経験できる時間そのものが希少化しており、言い換えれば、現代社会では現在が不足している。だからこそ、自分の意思で使える「現在」は以前にも増して貴重になる。

リベンジ夜更かしは、その象徴的な行動である。人は夜更かしそのものを望んでいるのではない。限られた時間のなかで、せめて数時間くらいは自分のために生きたと感じたいのである。そのために、未来の健康や睡眠、資産、時間といった資源を切り崩してでも、いまを確保しようとする。言い換えれば、未来を犠牲にしなければ現在を維持できないことこそが、現代社会における「現在志向」の特徴なのである。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員 廣瀬 涼 )