・最低賃金1500円は、低賃金職の多いシニアの所得底上げに有効である。
・多様な働く目的や「年収・年金の壁」により、労働量の増加効果は限定的。
・シニアの就業拡大には、賃上げとともに柔軟な就業環境の整備が不可欠。

はじめに

近年、男女ともに働くシニアが増えているが、低賃金の人は多い。厚生労働省によると、本人が受け取っている賃金が、法律で定められた最低賃金に張り付いている「最賃近傍雇用者」の4人に1人は60歳以上である。政府が7月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2026」の中で掲げた「2030年代前半できるだけ早期に全国平均1,500円」が達成されれば、シニアの賃金底上げが期待できるが、それだけではなく、シニアの労働力増加と、深刻化する人手不足の改善につながるのだろうか。

時給が上がれば、働くことの魅力が増し、より多くのシニアに就業を促す可能性がある反面、収入確保へのこだわりが強くない人にとっては、特段、就業行動への変化は見られないかもしれない。特にシニアでは、収入の優先度が現役世代ほど高くない可能性があるため、後者について検討する余地があると考えられる。そこで本稿では、最低賃金引上げによるシニアの「処遇改善」と「労働量の増加」を区別して検討する。また、最低賃金が大幅に上がれば、企業が雇用を減らして機械化を進めるなど、企業側にも変化が生じる可能性があるが、本稿はシニア側の変化に焦点を当てる。

本稿ではまず、働くシニアが増えている要因を整理し、総務省統計局の国勢調査を基に、現状でシニアに多い職業を整理する。次に、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」(賃金センサス)を用いて、シニアに多い職業の1時間あたり所定内給与額を分析し、最賃1,500円が達成された場合に処遇改善につながりやすい職業を分析する。その上で、シニアの就業に関する意識や特徴をまとめて、最賃引上げがシニアの労働量(就業者数や就業時間)の増加につながるかどうかについて考察する。なお、現状では企業の定年年齢は60歳が最多であることから、本稿では現役世代と区別するために、60歳以上を「シニア」と呼ぶこととする。

働くシニアの増加

よく知られているように、高齢者(65歳以上)の就業率は2000年代以降、大幅に上昇している。総務省の労働力調査より、直近の2025年の値を性・年齢階級別にみると、まず男性は、60代前半は84.1%、60代後半は63.4%、70代前半は44.5%、75歳以上では18.2%である。女性は、60代前半は65.8%、60代後半は46.1%、70代前半は28.8%、75歳以上では8.8%である。いずれの年齢階級でも女性は男性よりも10~20ポイント低い。

働くシニアが増加する背景には、企業とシニア、両サイドの要因がある。まずシニアにとっては、長寿化や、公的年金の支給開始年齢が段階的に65歳に引き上げられてきたことがある。また日本老年学会と日本老年医学会のワーキンググループが指摘したように、従来に比べて心身の健康を維持している高齢者が多いという「高齢者の若返り」現象が起きており4、シニアが健康面で働きやすくなっていると言える。

次に企業にとっては、高年齢者雇用安定法により、65歳までの雇用確保措置が義務付けられ(2025年度に全面施行)、70歳までの就業機会確保措置が努力義務とされるなど、制度面の変化がある。さらに、特に非正規雇用に関しては、少子化による人手不足の影響も大きいと考えられる。

就職情報大手「マイナビ」が2026年5月、企業のアルバイト採用担当者約1,500人に実施したアンケートによると、65歳以上の高齢者をアルバイトで雇用していたのは61.0%、「今後、採用したい」は56.4%(前年比3.1ポイント増加)であり、採用したい理由(複数回答)のトップは「人手不足の解消・改善につながるから」(45.6%)だった。

シニアに多い職業(性・年齢階級別)

最賃引上げのシニアへの影響を考える前に、そもそもシニアに多い職業と就業者数をみていきたい。総務省統計局の「令和2年国勢調査」より、シニアの就業者数が多い職業(小分類)について、性・年齢階級別に上位10位をまとめた。なお、このデータは就業形態や雇用形態を限定していないため、正規雇用や非正規雇用で働く人の他、自営業で働く人なども含まれる。

まず男性を見ると、60~64歳のトップは「その他の一般事務従事者」である。このカテゴリーには広報や法務、保険契約事務員、電話受付事務員などの事務職が含まれる。特に仕事内容が限定されていない「総合事務員」も6位に入っている。64歳までは、定年前から継続雇用で働くケースが多いため、定年前の仕事を引き継いで事務職として働く人が多いと考えられる。4位に「その他の営業職業従事者」、7位に「販売店員」がランクインしているのも、同じ理由が考えられる。2位は、タクシーや乗合バス、トラックのドライバーなどを含む「自動車運転従事者」である。

年齢階級別の違いを見ると、年齢階級が上がるほど、「農耕従事者」の順位が上がり、就業者数も増えていく。国勢調査では、二つ以上の仕事をしている人は主な仕事を一つ表記するため、年を取るほど新規就農する人が増えるというよりも、もともと兼業で農業に従事していた人が、年を取って専業になっていくと考えられる。「自動車運転従事者」は60代前半から70代前半までは1~2位であり、定年後のセカンドキャリアに選ぶ男性も多いと見られるが、75歳以上では順位も下がり、就業者数も減っていく。60代前半より60代後半で就業者数が増えるのは「その他の運搬・清掃・包装等従事者」と「警備員」であり、継続雇用終了後の男性の仕事の選択肢として「運転、清掃、警備」が多いことがこのランキングからも分かる。

この結果から、男性の職業構成は60代前半と65歳以降で異なることが分かる。継続雇用が多い60代前半では、定年前の職業や経験を引き継いだとみられる事務職、営業職、販売職などが多い。一方、65歳以降では、運転、警備、清掃、運搬など、継続雇用終了後にも採用機会の多い職業の存在感が高まる。

次に女性についてみると、まず60代前半では、トップは店舗で商品販売を行う「販売店員」である。2位は「総合事務員」、5位「会計事務従事者」、6位「その他の一般事務従事者」と、事務職が多くランクインしている。定年前に比べたら就業者数自体は減るものの、60代前半までは、事務職は女性の最大の職業であり続けていることが、改めて分かる。4位の「介護職員(医療・福祉施設等)」や7位の「看護師(准看護師を含む)」など、医療職が多いのも女性の特徴である。

年齢階級別の差をみると、やはり「農耕従事者」が60代後半から順位も上がり、就業者数も増えていく。男性同様に、兼業から専業になる人が増えていくためだと考えられる。また60代後半では事務職が減る代わりに、「ビル・建物清掃員」がトップに浮上しており、女性も「清掃」が定年後や継続雇用終了後の大きな選択肢になっていることが分かる。

女性についても、60代前半では事務職や販売職など、定年前からの継続雇用とみられる職業が多いが、65歳以降になると、清掃、調理などの比重が高まる。ただし女性の場合は、現役期から非正規雇用で働いている人が多いため、男性のように、定年や継続雇用終了を境に職業を変えるケースだけでなく、現役期からの仕事を継続しているケースも多いと考えられる。

シニアの職業の多くは1時間あたり所定内給与額が1,500円未満

次に、シニアに多い職業について、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」(賃金センサス)で、該当職業に就く短時間労働者の「1時間あたり所定内給与額」と照合し、1,500円を下回っている職業を赤字にした。前稿でも述べたように、1時間あたり所定内給与額には通勤手当や家族手当などが含まれるため、最低賃金法が対象とする賃金と完全には一致しない。一覧して分かるように、男女ともに、シニアに多い職業の大部分は、1時間あたり所定内給与額が1,500円を下回っており、職業分布からみても、シニアが低賃金になりやすい構造であることが分かる。

ただし、この分析は各職業の平均賃金に基づくものであり、これらの職業の就業者が皆、時給1,500円を下回っている訳ではない。同じ職業でも、当然ながら、賃金は地域や企業規模、事業所、労働者などによって異なる。さらに付け加えれば、最低賃金は地域別に設定されるため、全国平均1,500円が実現した場合でも、影響の大きさには地域差が生じる。したがって、図表4で赤字にした職業の就業者数は、最賃引上げの影響を直接、受ける人数を表記したものではなく、あくまで最低賃金引上げの影響を受けやすい職業と規模感を把握するための材料として見る必要がある。

最低賃金1,500円でシニアの労働量は増えるか

5-1 |シニアの働く目的は多様

それでは、最低賃金1,500円が達成されれば、社会全体で見たときにシニアの労働量(就業者数と就業時間)は増えるのだろうか。結論から言うと、労働量の増加は限定的になると思われる。それは、シニアは現役世代と違って、働く理由が経済的事情だけではないからである。本稿では、政府調査より、働く意識の年代による違いをみていきたい。

内閣府が2025年に行った「国民生活に関する世論調査」によると、働く目的を「お金を得るため」と回答した割合は、現役世代よりもシニアの方が低い。20代から50代では男女いずれも7~8割だったが、60代男女では6~7割、70歳以上の男女ではいずれも約4割まで下がった。代わりに、シニアになると現役世代よりも増えていくのが「生きがいを見つけるため」や「社会の一員として、務めを果たすため」といった理由である。男女の違いに着目すると、70代以上の男性では「社会の一員として、務めを果たすため」が約2割、70代以上女性では「生きがいを見つけるため」が4人に1人と目立った。この調査では「健康」という選択肢がないが、別の調査結果からは、健康目的に働いているシニアが多いことも分かる。

次に見る内閣府の「令和6年度高齢者の経済生活に関する調査」は、仕事の目的を尋ねる設問の選択肢に、健康が含まれている。対象が60歳以上のシニアに限られるため、現役世代との比較はできないが、5歳刻みの集計を公表しているため、同じシニアと言っても、年齢階級が上がると意識がどう変化するかを捉えることができる。

それによると、まず男性の場合、仕事を行っている主な理由(単一回答)として「収入のため」と回答した割合は60代前半では約8割だったが、60代後半では約6割まで下がり、70代前半では5割弱、75歳以上では約4割と低下していく。それに代わって、「働くのは体によいから、老化を防ぐから」という理由が60代後半では約2割に増え、75歳以上では約3割に増える。「自分の知識・能力を生かせるから」も60代後半から70代前半にかけては1~2割である。

女性の場合も傾向は類似しており、「収入のため」は60代前半では約6割だったが、60代後半以降は4~5割に低下する。やはり「働くのは体によいから、老化を防ぐから」は年齢階級が上がるほど増える傾向にあり、70代前半と75歳以上では約3割を占める。

このように、シニアが働く理由は、経済的な理由を主としつつも、健康維持、自己実現、社会貢献、やりがい、仲間作りなど多様であり、就業行動を賃金だけで説明することは難しいと言える。年齢階級によっても意識は異なる。60代前半は、公的年金の原則支給開始前で、まだ子が学生という場合も多いと考えられるため、生活費を確保するために働く人が多いが、年齢が上がるにつれて、健康や生きがいを重視する割合が増える。そもそも65歳以降になれば、公的年金を受け取ることができるので、年金水準や資産、家族の状況などによって差はあるが、現役世代ほど収入確保に迫られない人も多い。就労収入と厚生年金の合計金額が一定水準を超えるシニアは、賃金が増えれば反って厚生年金が減るケースもあり、就業を抑制する「年収の壁」と同時に、「年金の壁」を抱えるのがシニアの特徴と言える。

日本の社会保障システムでは、65歳以降は、支える側から支えられる側に緩やかに移行していくのであり、このような立場に立てば、仕事に向かう動機は、賃金の高さだけではなく、体力的に無理なく健康にプラスになることや、これまでに培った経験や能力を生かせること、社会の役に立つこと、他者や社会とのつながりを保てることなどに広がっていくのは自然である。

5-2 |シニアの働く時間は短い

シニアの働く目的がお金だけではないことは、就業時間の短さからも伺える。総務省の「労働力調査」(2025年)を基に、性・年齢階級別に1週間あたりの就業時間を比較すると、週40時間以上働く人の割合は、男性の場合、20代後半から50代後半までは7~8割に上るが、60代前半で約6割に下がり、60代後半で5割を切り、70代前半で約3割まで減る。女性の場合は、現役世代から男性よりも大幅に少なく、20代後半から50代後半までは4~5割、60代前半では約3割、60代後半から2割を切る。現役期から男性よりも少ないのは、女性は結婚・出産後に家庭で家事・育児の主な担い手となり、家計補助役割を担う人が多いためであろう。60代前半からは「20時間未満」が最大となる。雇用であれば社会保険の加入対象外となることや、体調面の影響があるだろう。男女に共通して、年齢階級が上がるほど、短時間の割合が増える傾向にある。

このように、年を取るほど短時間就業が増えるのは、収入確保だけを目的としているのではなく、健康ややりがい、社会貢献、仲間作りなど、自身の目的に合わせて、体調に無理のない範囲で働いている人が多いためだと考えられる。他にも、家族介護や通院などが重なっている可能性もある。

5-3 |最賃1,500円によるシニアの就業押し上げ効果は限定的

一般的に言えば、賃金の上昇が働く人の就業行動に与える影響には、二つの方向が考えられる。一つは、時給が上がることによって働くことの経済的な魅力が増し、新たに働き始めたり、就業時間を延ばしたりする効果である。もう一つは、従来と同じ収入をより短い時間で得られるようになり、就業時間を減らす効果である。

これまでみてきた内容を基に、「最賃1,500円」が達成された場合のシニアへの影響を考えると、最賃に近い水準で働く人にとっては、待遇改善につながると言える。シニアに多い清掃、警備、販売、調理、運転などは概ね、時間当たり所定内給与額が1,500円未満であり、これらの仕事をするシニアは、暮らしの底上げが期待できるだろう。ただし、収入重視のシニアは就業時間を増やしたり、新しく働き始めたりする可能性があるが、健康維持ややりがい、自己実現など、収入以外を重視する人も多いため、全体としてシニアの就業時間が増加するとは限らない。寧ろ、「年収の壁」や、在職老齢年金による年金減額、いわば「年金の壁」を意識した就業調整の問題も生じるため、就業時間を減らす人も出てくる可能性がある。

したがって、人手不足解消目的でシニアを雇用したいという企業にとっては、賃金引上げだけではなく、シニアの働く意欲を高めたり、働き続けやすい環境を整えたりすることが重要になるだろう。例えば、大きな力をかけなくても操作できる設備や機械を導入したり、柔軟な働き方を可能にしたり、ハード・ソフト両面の環境を整えていくことが重要ではないだろうか。また、シニアが仕事にやりがいを感じられるように、マネージャーが職場での役割や期待を伝えるなど、丁寧なコミュニケーションも大切だろう。シニアの労災を防ぐために、職場の状況に応じて転倒防止などの措置を講じることも必須と言える。

終わりに

「最低賃金1,500円」は、低賃金で働くシニアの所得を底上げし、定年後の職業転換に伴う賃金低下を緩和する上でも大きな意味を持つ。特に、清掃、警備、販売、調理、運転など、シニアの主要な就業先でありながら賃金水準の低い職業では、その効果が広く及ぶと考えられる。物価上昇が続く中、最低賃金の引上げは、働くシニアの生活を支えるために必要な政策である。

ただし、最低賃金を引き上げるだけで、シニアの就業者数や就業時間が大幅に増えるとは限らない。65歳以降、徐々に「支えられる側」に移行していくという現在の日本の社会システムもあり、シニアが働く目的は、収入だけでなく、健康維持、社会参加、自己実現、生きがいなど多様である。時給が上がれば働く魅力が増す一方、これまでと同じ収入をより短い時間で得られるため、就業時間を減らす人もいるだろう。人手不足解消をシニアに期待するのであれば、最低賃金引上げに伴う処遇改善だけに効果を期待するのではなく、シニアの「働かせ方」を工夫していく必要がある。

企業には、短時間・短日勤務の選択を可能にするだけでなく、身体的負担の軽減、通院や介護との両立、経験や能力に応じた役割付与などが求められる。シニアを一律に補助的な仕事へ配置するのではなく、一人ひとりの経験や希望を確認し、それに合った仕事を提供し、適正に評価することが、就業意欲と定着率の向上につながる。シニアを単純な人手不足の補充要員として扱うのではなく、経験を持つ人材として活用するという発想も求められるだろう。最低賃金の引上げと、柔軟な雇用管理の整備を両輪として進めることが、シニアの就業拡大と継続のカギになるのではないだろうか。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子 )