原油高、インフレ懸念、金利上昇でもAI・半導体関連株は下落
7月29日の米国株式市場では、原油価格が上昇した上に、FOMCがハト派的という評価によってインフレ懸念が強まり、長期金利が上昇したことなどによって株価がまとまった幅で下落した。
この日、イラン革命防衛隊が中東の米軍基地に向け弾道ミサイルを発射したことを受けてトランプ米大統領は「次はわれわれの番だ」(共同通信)と述べ、報復攻撃を予告した。WTI原油先物価格は4営業日ぶりに反発し、実体経済の不確実性が高まった。
このところ原油価格の下落を背景とした楽観論から、AI・半導体関連株への一極集中の解消(ローテーション)が続いていたが、この日はこの流れが止まったとみられ、ダウ平均はまとまった幅で下落した。長期金利が上昇したことも、株式市場にはネガティブな影響を与えたとみられる。
もっとも、重要なのはローテーションの動きが逆回転したわけでもなさそうである点である。この日はナスダック指数もSOX指数もまとまった幅で下落した。4-6月期の決算の結果を反映した面もありそうだが、市場全体のリスク許容度が低下している可能性がある。
今年前半のAI・半導体関連株のラリーは、「逃避的に買われる相場」で、景気不安やインフレ懸念が強まると、かえって株価は上昇するという展開だったが、そのような展開にはなっていない。
すでに投資資金が集中してしまったAI・半導体関連株に代わる逃避先を見出しにくい中で、株式市場は低迷した状態が続きそうである。
FRBのタカ派観測が後退し、イールドカーブはスティープ化
7月29日の米国債券市場では、原油価格の上昇によってインフレ懸念が強まる中、FOMCがハト派的と捉えられ、イールドカーブがスティープ化した。
長期金利は前日比+7.1bp、2年金利は▲1.4bpだった。FF金利先物市場では、9月15-16日のFOMCにおける利上げ確率が64.9%となった。前日には9月FOMCまでに利上げが行われる確率が99.3%となっていたことから、市場はFRBが利上げに積極的ではないと捉えたようである。
この日は原油価格が上昇したことも相まって、10年インフレ予想(BEI)は前日差+7.5bpと、まとまった幅で上昇した。10年実質金利は同▲0.3bpと、小幅に低下したことからも、インフレ懸念が長期金利上昇のドライバーになったことは明らかである。
もっとも、このところのBEIはコロナ後のレンジ下限に近い水準にあったことから、市場参加者がややFRBのタカ派姿勢を過剰に評価し、長期のインフレ見通しを過小評価していたということもできる。
ウォーシュ議長は、FRBに対する市場の関心が弱まり、市場が自律的に動いていくことを望んでいるようであり、今後の展開が重要だろう。今後の米経済次第(経済データ次第)となるが、比較的安定的(ディスインフレ的)なデータが得られ、金利も安定的な推移になると、筆者は予想している。
FOMCは「小さなFRB」を強調、今後は市場の「見えざる手」次第
FRBは7月28-29日にFOMCを行い、現状維持を決めた(FF金利の誘導目標は3.50-3.75%に据え置き)。
ハマック・クリーブランド連銀総裁、カシュカリ・ミネアポリス連銀総裁、ローガン・ダラス連銀総裁の3人が利上げをすべきだとし、金利据え置きに反対した。前回FOMCで大幅に簡素化された声明文はほとんど変化がなかった。
ウォーシュ議長は記者会見で、「今日我々が行ったことを『据え置き』と表現したくはない」(筆者訳。以下同)と、煙に巻くような発言を連発した。
ウォーシュ・ワールド全開の会見だった。
もっとも、それぞれの発言をまとめるとポイントは、①FRBが市場を動かすようなことを避ける「小さなFRB」を目指していること、そのために②FRBは2%の物価目標にコミットする姿勢だけを市場に示すこと、③最近の実質金利の上昇は市場が自律的に引き締め方向に動いていること(およびインフレ予想の低下)に満足していることだろう。
また、テクニカルな情報としては、④年末まではFOMC後の記者会見は行う方針(その後は行わない可能性がある?)、⑤ジャクソンホール会議における講演ではタスクフォースの進捗について触れる可能性があることなども示唆された。
ウォーシュ議長が「『据え置き』と表現したくはない」と述べた背景については、「私の見方では、我々が行ったのは経済情勢の厳密な再評価である」と述べ、思考停止している訳ではないことを強調した。
その結果、市場はFRBの考えや経済環境を勘案したとして、「この会合間の期間に市場は立ち止まってはいなかった。インフレ指標にも反応し、力強い経済成長にも反応した。その結果、名目金利も実質金利も上昇した」と述べた。
この説明は、明確に「小さなFRB」の考え方である。
コミュニケーションを最小限に抑え、市場が経済環境を分析し、物価目標にコミットするFRBの動きを予想し、市場が合理的に動く…といった市場機能(いわゆる「見えざる手」)に期待しているのだろう。
このようなFRBの「戦法」は、経済・物価環境が安定的な「平時」には奏功する可能性が高いと筆者はみている。
ウォーシュ議長は、「我々は市場シグナルへの介入を避けようとしている」「名目金利だけでなく実質金利も大幅に上昇している。我々はそれを観察している」「多くの皆さんは我々の反応関数に関心があるかもしれないが、我々は金融市場の反応に関心がある」と述べたが、FRBは市場の動きを確認しながら後出し的な判断をしていけば、判断ミスが生じる可能性は低い。
実際に、6月FOMC以降に市場では利上げ観測が高まり、実質金利は上昇し、長期のインフレ予想(BEI)は低下していった。ウォーシュ議長はこの動きに満足しているのだろう。
一方、7月FOMCでは利上げを示唆するようなコミュニケーションはなく、利上げ観測が後退してBEIは上昇した。仮にインフレ予想がこのまま上昇を続けると、FRBにとっては望ましくない動きになってしまう。だが、FRBは2%の物価目標にはコミットしているため、仮にBEIの上昇が看過できない状況となれば、淡々と利上げが実施されることが予想される。そして、(おそらく突然に)利上げが実施されることを市場が勝手に意識すれば、それが市場で勝手に織り込まれる。すると、BEIは勝手に低下していくだろう・・・という連想が市場で生じることを、ウォーシュ議長は期待していくことになるだろう。
このような「見えざる手」によって結果的に利上げを実施することなく、市場やインフレ予想を安定化させることが、「小さなFRB」の狙いとなる。
しかし、予想外の展開に対して市場が誤った方向に進んでいくこともあるだろう。FRBを含め、すべてのステークホルダーが合理的である保証はない。
人々が非合理的であるとして、行動経済学的な観点から考えると、FRBや市場参加者は先行きのリスクを過小評価する(いわゆる双曲割引)ことになる可能性が高い。結果的に、ウォーシュ議長率いるFRBはややハト派的な中央銀行になるだろうと筆者はみている。
市場の動きを確認しながら判断するというFEDビュー的なスタンスは、バブルの発生を防ぐことが難しい。「見えざる手」が働かなくなれば、一転して「ビハインドザカーブ」のリスクが高まる。だからこそ、ウォーシュ議長はバランスシートの縮小によって市場参加者の過度なリスクテイクを防ぎたいという考えを持っているとみられるが、政治的にはその判断も困難だろう。
引き続き、FRBが年内に利上げを実施する可能性は低いと筆者は予想している。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)