中国・上海で17-20日まで開催された「世界AI大会(WAIC)」の一角には人だかりができていた。アリババ・グループやテンセント・ホールディングス(騰訊)の巨大ブースを通り過ぎて来場者が向かったのは、AIスタートアップ、ムーンショットAI(月之暗面)の大規模言語モデル「Kimi K3」だ。

2兆8000億パラメーターを持つ同モデルは17日に公開され、中国がOpenAIやアンソロピックとの差を想定以上の速さで縮めつつあることを強く印象づけた。ムーンショットは一躍、世界の注目を集める存在となり、2025年の「DeepSeekショック」の再来とも言われた。

ムーンショットの躍進は、中国AI業界の実力を示すとともに、創業者の楊植麟氏(33)にとっても雪辱を果たす機会となった。

米カーネギーメロン大学で学び、メタ・プラットフォームズやアルファベット傘下グーグルで勤務した経歴を持つ同氏は、中国をAI先進国の一角へ押し上げる人物として期待されていた。しかし、その後のDeepSeek台頭に伴い、存在感が薄れつつあった。だが今回の最新モデル発表で、楊氏は再び中国AI業界の表舞台に立った。

AI調査会社アーティフィシャル・アナリシスによると、Kimi K3は総合性能でアンソロピックの「Claude Fable 5」とOpenAIの「GPT-5.6」に次ぐ評価を獲得し、それ以外の競合モデルを上回った。イーロン・マスク氏は同モデルを「素晴らしい」と評価した。

投資家の期待も高い。ムーンショットは早ければ半年以内の香港上場を視野に入れており、企業価値を300億ドル(約4兆8700億円)超と評価する資金調達ラウンドの最終段階に入っている。

起業家で投資家の李開復(カイフー・リー)氏は、「OpenAIとアンソロピックがiPhoneなら、中国のモデルはAndroidになる」と指摘。「つまり、米国のクローズドモデルが最も大きな収益を上げる一方、中国のモデルはより大きな市場シェアを獲得することになる」と述べた。同氏は中国のAIモデルは米国勢に約6カ月遅れているとみている。

DeepSeek追撃へ戦略を転換

楊氏が2023年にOpenAIに対抗するため自身の会社の設立に乗り出すと、真格基金などのベンチャーキャピタルが相次いで出資した。ムーンショットは短期間で企業価値10億ドルのユニコーン企業となり、同社のチャットボット「Kimi」は中国を代表するChatGPTの代替サービスとして台頭した。

2025年初め、ムーンショットはクローズドソースのAIモデル「K1.5」を公開したが、奇しくもDeepSeekの画期的なモデル「R1」と同じ日に重なった。事情に詳しい関係者によると、この思わぬ偶然に楊氏は不意を突かれ、春節(旧正月)休暇明け直後に緊急会議を招集した。この会議で楊氏は、DeepSeekにならい、次期主力モデルをオープンソース化する方針を決定。研究者やエンジニアには長期的な視点で開発に取り組むよう促した。

楊氏にとって、DeepSeek台頭による直接的な打撃はユーザー離れだった。ムーンショットはKimiの広告宣伝に数千万ドルを投じていたが、DeepSeekは一夜にして市場の勢力図を塗り替えた。テンセントの「元宝」を含む複数のサービスがR1を自社プラットフォームに組み込み、販促材料として活用した。関係者によると、その後、楊氏はKimiの広告宣伝を打ち切り、法人やプログラマー向けに軸足を移した。ムーンショットはコメントの要請に応じていない。

2025年7月には、新モデル「K2」を公開し、開発者や投資家から世界的に高い評価を受けた。OpenAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は、DeepSeekと並んでKimiに言及し、中国のオープンソースAIモデルがAI開発競争における米国の優位性を脅かしている証左だと述べた。シリコンバレーのスタートアップ、カーソルやパープレキシティAIはK2を自社サービスに組み込み始めた。

K2の開発では、ミニマックス・グループや階躍星辰(ステップファン)などの競合が、半導体不足に対応するため小規模モデルを投入する中、楊氏は方針を転換した。事情に詳しい関係者によると、当初予定していた2000億パラメーター規模のモデル開発計画を撤回し、1兆パラメーターへと拡大。長期的な性能向上にはモデルの大規模化が不可欠だと判断したためだという。

また、K2という名称は世界第2位の高峰K2(ゴドウィンオースティン)に由来し、Kimiがなお頂点への険しい道のりにあることを示す意図があったと、匿名を条件に関係者が明らかにした。

K2はDeepSeekと同様に、高性能・低コスト・オープンソースという設計を踏襲した一方、「MuonClip」と呼ばれる独自開発のオプティマイザーなどの技術も導入した。これにより学習の安定性が向上し、必要な計算資源を大幅に削減した。

関係者によると、ムーンショットは2025年後半を通じてK2を基盤にモデルの改良を進め、2026年1月に「K2.5」を公開したほか、企業の業務フローを自動化するエージェント群も投入した。これらの機能が寄与し、将来の売上高を示す指標である年間経常収益(ARR)は3月に1億ドルを突破。その後、4月に2億ドル、6月には3億ドルに達したという。

楊氏は年末に社員向けメモで、「人工汎用知能(AGI)の開発はマラソンであり、われわれはまだスタート地点に立ったばかりだ」と記した。

Kimi K3の公開後、ムーンショットの1日当たりの売上高は少なくとも6倍に急増。計算資源の逼迫(ひっぱく)に対応するため、同社は新規契約の受け付けを一時停止した。

原題:Chinese AI Sensation Moonshot’s Gamble on Big Models Pays Off(抜粋)

--取材協力:Saritha Rai、Dong Lyu、Vlad Savov、Haze Fan、Debby Wu.

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