労働市場の改善期待が「債券⇒株式」の流れを支える
6月30日の米国株式市場は、3指数そろって続伸し、堅調だった。四半期末ということもあり、各種リバランスの動きがあった可能性は考慮すべきだが、米経済が好調であるという見方が株式市場全体の押し上げ要因になっているようである。この日は、原油価格が下落したことや、5月のJOLTS求人件数が堅調な結果だったことが景気楽観論を後押しした。むろん、米経済が堅調ということであれば、景気敏感株や消費関連株に物色が広がりやすく、これまで買い進められてきたAI関連株にとってはネガティブな面もある。しかし、米経済が堅調であることを理由に、米国内のホームメイド・インフレの懸念が燻る場合、債券市場には資金が向かいにくく、当面は株式市場に資金が滞留することが予想される。
なお、後述するように、求人件数の増加は米国の労働参加率が低下傾向(高齢化による慢性的な人手不足状態への構造変化)にあることによってもたらされている公算であり、景気の過熱やインフレ懸念には結びつかないと筆者はみている。さらに、グローバルにはコストプッシュ型のインフレ圧力が弱まり、米国ではドル高を背景に輸入物価は弱含みやすい。インフレは想定よりも弱いものになる可能性が高い。市場のテーマは徐々に、経済は堅調でもインフレ懸念は不要だという議論にシフトしていくだろう。
BEIは低水準で市場は冷静だが、FRBのタカ派懸念が高まった
6月30日の米国債券市場は、JOLTS求人件数が堅調な結果になったことによって雇用統計への警戒感が強まり、実質金利主導で金利が上昇した。長期金利は前日比+9.1bp、2年金利は同+6.8bpとなった。10年実質金利は前日比+7.7bp、10年期待インフレ率(BEI)は同+1.2bpであった。原油価格が下落したこともあってBEIの上昇幅は限定的だったが、FRBの利上げ観測が高まり、実質金利が上昇した。FF金利先物市場が織り込む26年中の利上げ回数は約1.51回となり、前日の約1.32回から増加した。
求人件数の増加は労働参加率の低下で説明可能、インフレとは無関係か
5月のJOLTS求人件数は前月差+9,000件の759万4,000件となり、市場予想を上回った。前月分が下方修正されたことは割り引いてみる必要があるものの、水準は24年5月以来の高水準であり、コロナ後の人手不足状態からの減少傾向は一巡したと言える。
市場では、コロナ後の人手不足状態の印象から、求人件数の増加がインフレ懸念につながりやすい。確かに、求人件数が増加すれば労働市場がタイト化し、売り手市場となり、賃金上昇につながる可能性はある。しかし、足元の求人件数の増加は労働参加率の低下に起因したものである可能性が高い。米国の労働参加率は、26年5月に61.8%となり、コロナ後のピーク(23年8月、11月)の62.8%から1%低下した。この数字は、26年以降に低下ペースが速くなっていたことから、足元の求人件数の増加は想定内と言える。求人を探す人が減れば、求人件数が高止まりするという関係は自明である。そもそも、労働参加率は00年以降、ほぼ一貫して低下傾向にある。00年1月は67.3%と、足元よりも5%以上高かった。高齢化による構造変化で労働参加率の低下が続いている可能性が高く、かつて高齢化先進国の日本が経験したように、慢性的な人手不足状態に向かっていると言える。
もっとも、これも日本が経験してきたことだが、慢性的な人手不足状態は、必ずしも賃金インフレの加速を意味しない。労働者の生産性は中高年がピークになることを前提とすれば、高齢化によって空いたポストの生産性はそれほど高くないだろう。ブルーカラーの求人も多いと思われ、AIによって代替できるかどうかは一概には言えないが、少なくとも平均賃金を大きく押し上げるような求人は少ないだろう。そのため、求人件数が多く、失業率は低い状態が続いても、賃金上昇にはつながらないという状況が続きやすい。失業者が増えなければ、リセッションや金融の問題に陥りにくいという意味では、米経済には楽観的になっても良いと言える。しかし、その先にインフレの加速があると考えるのには飛躍があるだろう。
現在は米国のホームメイド・インフレの強さを見極める状況にあるため、雇用統計には注目が集まる。非農業部門雇用者数変化や失業率といったヘッドラインのデータだけでなく、労働参加率や平均賃金の動向を冷静に見極めたい。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)