(ブルームバーグ):過去25年にわたりコンピュータービジネスに携わってきたクリス・バーバーさんは、人工知能(AI)ブームのようなものはこれまでに見たことがないと語る。
ただ、バーバーさんはAIが将来を変革する可能性について話しているのではない。今まさにハードウエアの価格に及ぼしている影響のことを指しているのだ。
バーバーさんは、米メリーランド州ボルティモアを拠点に中小企業のIT支援を行うサービス会社「チーパー・ザン・ア・ギーク」を経営している。メモリーのアップグレードは人気のサービスだが、最近は顧客に対し、それだけのコストをかける価値はほとんどないと助言している。
半年前には100ドル(約1万6000円)で販売されていたRAM(随時書き込み可能なメモリー)が、現在は「異常な」300ドルに高騰しており、顧客にとっては単に新しいコンピューターを購入した方が賢明な場合もある。「部品そのものの価格が完全に制御不能になっている」とバーバーさんは語り、「これほどひどい価格上昇は見たことがない」と話す。
その背景にあるのはAIを支えるデータセンター建設ラッシュだ。データセンターには膨大な量のメモリーチップが必要とされる。RAMをそのまま買い付けるバーバーさんのような業界の専門業者にとって、この需要急増が価格上昇の要因となっている。
しかし、メモリーはスマートフォンやコンピューター、自動車などさまざまな消費財に組み込まれているため、最終的な影響ははるかに広範囲に及ぶ。
結論として、米経済の成長のけん引役であり、株式市場で記録的な富を生み出してきたAIは、米国の新たなインフレ問題の一因にもなっている。
5月の米消費者物価指数(CPI)は総合で前年同月比4.2%上昇と、2023年春以来初めて4%を上回った。主因は米国・イスラエルとイランとの戦争を受けた原油相場の急騰だが、AIもその一因となっている。
通常は技術進歩に伴って価格が下落する傾向にあるコンピューター関連機器やソフトウエアは5月に前年同月比14.5%上昇し、過去最大の伸びを記録した。一方、生産者向け電子部品の価格は27%の上昇となった。
ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の推計によると、メモリー不足は総合インフレ率を0.4ポイント押し上げた後、影響は和らぐ見通しだ。このほかにも、データセンター需要の拡大に伴う電力価格の上昇など、波及効果が生じている。
雇用にも影響
こうした動きは全て、新型コロナウイルス禍後のインフレ高進の痛手がなお残る家計にさらなる負担をもたらしている。
また、11月に中間選挙を控えるトランプ大統領と共和党にとって頭痛の種となっているほか、就任したばかりのウォーシュ連邦準備制度理事会(FRB)議長率いる金融当局にとっても難題となっている。
ウォーシュ議長は、AIが最終的には企業や労働者の生産性を高め、経済全体の物価上昇圧力を和らげるとの見方を示してきた。だが現時点では、その効果はむしろ逆方向に働いていると、ウルフ・リサーチのチーフエコノミスト、ステファニー・ロス氏は指摘する。
ロス氏は、「AIブームは、有意な形で全体的なインフレ圧力を押し上げている」と述べるとともに、「生産性向上によるディスインフレ効果が本格的に顕在化するまでには、まだ時間がかかる」との見方を示した。
クックFRB理事やセントルイス連銀のムサレム総裁も最近、AIブームが半導体や電力需要を通じて物価を押し上げているさまざまな経路について言及している。
アポロ・グローバル・マネジメントのチーフエコノミスト、トルステン・スロック氏は、これはウォーシュ議長がかつて可能だと示唆していたほどの急速な利下げは実施できないのではないか、と考えられる要因の一つだと話す。
「初期段階では、AIブームがインフレ要因になることは確実だ」とスロック氏はブルームバーグテレビジョンの番組で語り、そのリスクは「半導体価格やエネルギー価格、雇用情勢を見れば極めて明白だ」とコメントした。
データセンターはメモリーや電力を大量に消費する一方で、建設労働者の少なからぬ割合を占める人々の雇用も創出し、稼働には大勢の電気技師や換気・空調設備の技術者を必要とする。これらの数字は全米の賃金インフレを動かすほど大きくはないかもしれないが、多くの業界や地域で明白な影響が生じている。
オクラホマ州タルサに本拠を置くマケルロイ・マニュファクチャリングのトップ、チップ・マケルロイさんは、事業は好調だと話す。熱可塑性樹脂パイプの融着装置を製造する同社では、成長の約半分をAI関連投資の拡大が支えており、従業員数は過去最高の600人超に達している。
それでも同社は、溶接工や機械工、組み立て技術者など最大60人の追加採用枠を埋められていない。マケルロイさんは「われわれが必要とする労働力を巡る経済環境は間違いなく活況を呈している」とし、「初任給は1年前と比べて確実に上昇している」と語った。
「ロブスターを買うように」
足元でAIがインフレに与えている一段と大きな影響は、メモリー価格の急上昇だ。業界の購入担当者と金融当局者の双方にとって大きな不確実要因の一つは、この状況がどれほど長く続くかだ。
BEでは、数千種類のメモリーキットを調査し、平均価格が前年同期比237%上昇していることを確認した上で、その影響が来年2月にピークを迎えると予測している。
オックスフォード・エコノミクスのマイケル・ピアース氏は、変動の大きいエネルギーと食品を除く今年のコアインフレ率を高止まりさせる重要な要因になると考えているとする一方で、長期的には「これは一過性の影響なのか、メモリー価格の新たなスーパーサイクルの始まりなのかは不透明だ」と指摘した。
さらに、「半導体サイクルは歴史的に非常に変動が大きく、供給が調整されれば価格は再び急速に低下する可能性がある」と語った。
ピアース氏はまた、こうした急速に進化するコンピューター機器の価格測定の難しさも指摘する。この問題については、最近公表のFRBの論文でも言及している。
これはインフレ分析の専門家の間で長年議論されてきたテーマで、いわゆる「ヘドニック品質調整」に関わる問題だ。例えばゲーム機のインフレ率を測定する際には、価格だけでなく、世代更新ごとにどれだけ性能が向上したかも考慮しなければならないということになる。
急速な技術進歩は、コンピューター関連機器の価格は通常、他の多くの商品とは異なり、下落することを意味する。コンピューター用ソフトウエアと周辺機器の年間インフレ率は21世紀の最初の25年の平均でマイナス5%だった。このため、過去数カ月で上昇率が急加速し、5月に14%を超えたことによる衝撃は一段と大きくなった可能性がある。
業界専門誌には、この混乱ぶりを伝える記事が相次いでいる。PCWorldは昨年、RAM価格の変動があまりに激しいため、小売店が棚に価格表示をしなくなり、顧客はレジで価格を確認しなければならなくなったと報じた。「パソコン(PC)用メモリーをロブスターを買うように購入する時代に備えよう」と同誌は伝えた。
ボルティモアでITサービス会社を経営するバーバーさんは、当面は状況が転換する兆しは見えないと話す。「価格上昇がピークを打ったことを示す兆候は見当たらない」とし、「こうした状況はかなり怖い」と語った。
原題:AI Boom Stokes Inflation With Memory Chips at ‘Insane’ Prices(抜粋)
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