「いる」と「機能している」の間
こうした状況を考える上で示唆に富むのが、社会学者ロザベス・モス・カンターの「トークン理論」である。
カンターは、集団の中で少数派が15%以下になると「トークン」(象徴、しるし)として機能し始めると指摘した。トークンとなった少数派は個人としてではなくその属性の代表として見られ、多数派は自分たちの同質性を意識し、少数派との間に境界線を引くようになる。その結果、トークンは真の力量を発揮することができず、発揮してみせても「例外」としてしか評価されない。
「会議で女性が一人」という状況はまさにこの構造に当てはまる。少数派を一人ではなく複数入れることで、少数派は性別などの属性ではなく個人として評価されるようになる。「黄金の3割」と呼ばれるクリティカル・マスの考え方もここに由来する。
こうした力学は、会議室だけの話ではない。たとえば、ビジネスの場での名刺交換にもある。複数人が集まる場で、無意識に年齢の高い男性から先に名刺を渡すという行動は、多くのビジネスパーソンが経験したことがあるのではないだろうか。近年は意識する人も増えてきたが、それは「意識しなければ変わらない」ということでもある。
会議室での視線の向き先も同様だ。誰の反応を待ちながら議論を進めるか。誰に向かって説明を続けるか。誰が「主たる対話相手」として自然に扱われるか。こうした非言語的なやり取りの積み重ねの中に、その組織の「標準的人物像」が表れる。
そしてこれらは多くの場合、無意識のうちに行われる。人は自分と似た属性や、慣れ親しんだ経歴を持つ相手に安心感を抱きやすい。同質な相手に視線が集まり、異質な相手との対話がぎこちなくなるのは、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)としても知られる現象である。
だからこそ、これを個人の振る舞いの問題として個々人に委ねるのではなく、会議の構造そのものを見直すことが必要になる。発言しても十分に受け止められない。視線が向かない。意見が「例外」として処理される。こうした経験は、当事者の意識を議論そのものから少しずつ遠ざけてしまう。
本来であれば多様な視点から生まれたはずの気づきや問いが、共有されないまま消えていくとすれば、それは個人だけの損失ではない。組織にとっても貴重な機会を逃していることになる。
多様性が「機能する」とはどういうことか
多様性が注目される理由は、公平性の観点だけではない。女性役員比率の高い企業ほど、ROEやPBRなどの指標が高い傾向にあることは、多くの調査で示されている。
たとえば大和総研の分析では、TOPIX500構成企業を対象に女性役員比率と財務指標の関係を分析したところ、比率の高い企業グループほどROE・PBR・売上高営業利益率・配当利回りのいずれも高い傾向が確認されている。
また、経済産業省・東京証券取引所が共同で選定する「なでしこ銘柄」の業績パフォーマンス分析でも、選定企業の売上高営業利益率はプライム市場平均を3.2ポイント上回り、配当利回りでも2.5ポイント上回っている。なお、これらは相関関係を示すものであり、因果関係を直接証明するものではない。
背景には、異なる経験や視点を持つ人が意思決定に加わることで、同質な集団では気づきにくいリスクや機会が浮かび上がりやすくなるという効果がある。
そしてこの効果は、女性を登用しただけで自動的に生まれるものではない。その視点が実際に発言され、受け止められ、議論に影響を与えて初めて、多様性は組織の力になる。
女性活躍推進法から10年。女性役員比率は上昇し、女性管理職比率の公表対象も広がるなど、女性の登用をめぐる環境は大きく変わり、数字の先にある実効性が問われる段階に入った。意思決定の場に女性がいることが話題だった時代から、「その存在がどう機能しているか」を議論できるようになったこと自体、日本の組織が次のステージへ踏み出し始めている証でもあるだろう。
多様性とは、異なる人のために席を用意することではなく、自分と異なる相手と自然に対話できる組織になることだ。そこにいる一人ひとりが「個」として認識され、対話の相手として向き合われる。その積み重ねによって初めて、組織の意思決定は豊かになっていく。そのためには、まず組織の中にある「当たり前」を見つめ直すことが必要なのかもしれない。
女性役員や管理職比率の目標は、組織の変化を促すための入口である。「何人いるか」から、「どのように参加しているか」へ。その問いに向き合うことが、次の10年につながっていくのではないだろうか。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 上席研究員 久我 尚子)