もし自分の行動で投資家グループに1億5000万ドル(約235億円)の損失を与えたとしたらどうだろう。多額の罰金を科されることを覚悟するはずだ。上場企業の経営から締め出されるかもしれないし、その投資家たちと二度と取引できなくなる恐れもある。

評判の失墜も避けられないだろう。たとえ過失であっても、そのような失敗には当然、代償が伴うはずだ。しかし、イーロン・マスク氏は違う。

マスク氏は、同氏が2022年前半にツイッター株の保有比率を高める過程で証券法に違反したとする米証券取引委員会(SEC)の指摘を巡る訴訟で和解した。

マスク氏は最終的にツイッターを買収する際の足がかりとなる株式を取得する中で、保有比率が5%を超えた。これは法的に投資の公表が義務付けられる水準だ。

しかし、SECによれば、マスク氏は当時、連邦法を無視して買い増しを続けた。その後、保有比率が9%を超えた時点で開示すると、株価は1日で27%急騰した。開示を遅らせたことで、マスク氏は実際より低い価格で数百万株を購入できたと、SECは訴状に記していた。

SECは、世界一の富豪であるマスク氏が開示義務を無視したことで1億5000万ドル超を節約したと試算。当初は民事制裁金に加え、不当に得た利益の返還と利払いを求めていた。

だが、2025年前半の当初申し立てから、裁判所の承認が必要な今回の和解発表までの間に状況は大きく変わった。

SECは150万ドルの罰金と引き換えに訴訟を取り下げた。これはSECが当初、投資家に与えた損害として示した額の1%に相当する。マスク氏は不正行為を認める必要もなかった。

長年にわたりビジネス上や法的な難しい問題を巧みに切り抜けてきたマスク氏には、「テフロン・マスク」という異名が付けられている。

訴訟をむしろ招き寄せるかのような同氏は、不正の疑いに直面しても、影響を受けた側が法廷で争えばよいというスタンスのように見える。

ただ、ツイッター買収を巡っては、マスク氏自身の想定をも上回るほど訴訟が相次いだ。同社の従業員や投資家、経営陣、契約業者など、ほぼ関係者全員から提訴されている。こうした紛争の中には、長期かつ高コストの法廷闘争の末に、相手側が勝訴したケースもある。

その中でもSECの訴訟は、最も明白な違反の一つに思えた。報告義務に関する法律は明確で、マスク氏の株式取得や開示の遅れは提出書類でも裏付けられている。

ただ、筆者が見誤っていたのは、この違反疑惑を巡ってSECがどこまで争う意思を持っているかだった。あるいは、その意思の乏しさだ。

ブルームバーグが2025年1月に報じたように、SECは当初、2億ドル規模の和解をマスク側に提示していたが、同月発足した第2次トランプ政権下で明らかに方針転換があった。

SECの報道担当によると、150万ドルの和解金はこの種の開示違反案件としては過去最大だという。

今回の和解に詳しい関係者は、手続き完了までに要する時間や、マスク氏の純資産規模を踏まえると、どのような金銭的制裁でも相対的に小さく見えてしまう現実なども考慮されたと明らかにした。

それでも、推定される節約額を踏まえれば、150万ドルの和解は象徴的な罰則に過ぎないとの印象は拭えない。この程度の処分で、マスク氏ら裕福な企業経営者による同様の行動を抑止できるとは考えにくい。マスク氏はコメント要請に応じなかった。

マスク氏とSECは長年にわたり対立を繰り返してきた。資金の裏付けがないままテスラを非公開化するとツイートした件では、2000万ドルの罰金を科された。

頻繁なSNS投稿で問題を引き起こしつつ、スペースXで史上最大の新規株式公開(IPO)に向かう同氏にとって、SECとの断続的な対立は健全な緊張関係だと筆者は考えていた。

誰もがマスク氏が対抗できるわけではない中で、米政府が監視役を務めるのは適切であり、むしろ必要に思えた。だが今、その抑止力がなお存在するのかは分からない。

(この記事は、テクノロジー業界のビジネスを世界中のブルームバーグ記者が掘り下げて伝えるニュースレター「Tech In Depth」からの抜粋です)

原題:‘Teflon Musk’ Is Back in Twitter Deal With SEC: Tech In Depth(抜粋)

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