近年、発達障がいに関する認知度の上昇とともに、「ファッション発達障がい」という言葉が広まりつつある。
「ファッション発達障がい」というのは、精神科や心療内科などで医学的な(正式な)診断を受けていないにも関わらず、SNSやオンライン上にある簡易型の診断ツールを用いて、自身の特性を自己診断し、不注意や困りごとを発達障がいの特性によるものだと捉え、自称する行為を指す。こうしたケースでは、自身の特性について発達障がいの傾向があると認識するにとどまらず、「提出期限が守れない」「遅刻する」といった社会的に不利益を被る可能性のある場面において、その理由として発達障がいを前面に出すことがある。中には、いわゆる「言い訳」や「責任回避」と受け取られかねない形で用いられる場合もあり、批判の対象となることもある。また、「発達障がいである以上、ミスやルール違反はやむを得ない」「周囲は配慮すべきだ」といった主張がなされるケースも見られる。
そもそも「発達障がい」とは、脳機能の特性に起因して、認知や行動に偏りが生じ、日常生活に困難をもたらす状態を指す。これはいわゆる病気とは異なり、個々の脳機能の違いに由来するものであるため、程度の差こそあれ、誰しもが何らかの特性の偏り(いわゆる凸凹)を持っている可能性がある。
この現象が広まった背景には、実際に発達障がいであるか否かは別として、認知や性格、経験の偏りによって生じる行動や困りごとが、「甘え」や「努力不足」といった形で片付けられてきたことがあると考えられる。こうした評価により、適切な理解や支援、学習・研鑽機会を得られないまま、結果として社会的な不利益を被るケースが存在したことも、一因といえる。そのような状況の中で、自身の困難を説明する手段として発達障がいという枠組みを用いることで、一定の理解や配慮を得られるという経験が共有・拡大していった可能性もある。
一部では、自称発達障がいである「ファッション発達障がい」は、本来の発達障がいの当事者に対して失礼であり、差別や偏見を助長する可能性があるとの批判もある。
しかし、診断基準には満たないものの、何らかの生きづらさを抱えているからこそ、その説明や対処の手段として発達障がいという枠組みを“免罪符”のように用いてしまう側面もある。筆者は、そうした人々もまた、形は異なれど困りごとを抱える当事者の一部であると感じている。
日本では、2022年に実施された文部科学省の調査により、通常の学級に在籍する児童生徒のうち、「学習面または行動面において著しい困難を示す」とされる割合は、小学校・中学校で8.8%と推定されている。また、「自称ADHD」に関する意識調査では、ADHD(注意欠如・多動症)の特性に当てはまると回答した割合が38.75%にのぼり、そのうち約25%は医療機関での診断を受けていないとする結果が公表されている。
行政の育児支援や医療機関への受診・相談機会があれば、児童発達支援や放課後等デイサービス、特別支援学級・特別支援学校といった選択肢につながる可能性がある。一方で、いわゆるグレーゾーンに位置する子どもは、早期に福祉サービスへ結びつきにくく、その結果、自身の特性に起因する失敗体験や傷つき体験の蓄積、あるいは成功体験の乏しさにつながることがある。また、一定の教育的配慮が得られる教育機関在籍中よりも、社会に出た後のほうが、支援や配慮が得られにくくなる。その結果、状態が急激に悪化し、職場でのトラブルや離職を繰り返すといった形で問題が顕在化することも少なくない。