9日の米国市場は、イラン情勢の改善が期待され、株価が上昇した。一時は、米国とイランが停戦に合意した後もイスラエルがレバノンへの攻撃をやめなかったことで、今後の停戦交渉が危ぶまれる局面があった。しかし、トランプ大統領がイスラエルにレバノンへの攻撃を縮小するように要請していると報じられると、楽観的な見方が広がった。今後も、完全な停戦合意へのハードルは低くないとの見方から、悲観論が台頭する局面もあるとみられるが、イラン情勢そのものについては徐々に状況が改善していく可能性が高い。
他方、リスクがあるのはFRBの金融政策への懸念だろう。米経済の下振れリスクが高まった場合でも、原油高によるインフレへの対応が重視されることで利下げが遅れるリスクを意識せざるを得ない。もっとも、筆者はFRBの利下げ判断が遅れる可能性は低いとみている。原油高がインフレ率を押し上げる面はあるものの、今後はトランプ関税のインフレ押し上げ効果の剥落といった下振れ要因もある。想定よりもインフレ率が高まっていないという評価が広がれば、利下げの環境が整うだろう。関税によるインフレ率の押し上げ効果が限定的だったことで、25年もインフレ率は見通し対比で下振れが続いたが、「関税の影響は遅れて出てくる」という懸念が続き、インフレ懸念は長期化した。しかし、原油高の影響は関税の影響よりも先行きが見通しやすい。比較的早い段階で、想定よりもインフレ率は上がらないという議論が行われるだろう。年後半(9月、12月)には利下げが実施されるだろうと、筆者は予想している。
債券市場は小幅に金利が低下した。長期金利は前日差▲1.6bp、2年金利は同▲1.9bpだった。原油価格が高止まりしていることから、長期のインフレ予想(10年BEI)は前日差+1.7bpだったが、10年実質金利は同▲3.4bpと、まとまった幅で低下した。米経済の下振れリスクが懸念されているのだろう。この日に公表された2月のPCEデフレーターは市場予想と一致した。他方、25年10-12月期の実質GDP成長率(確定値)は改定値から下方修正され、前期比年率+0.5%となった(改定値は同+0.7%だった)。アトランタ地区連銀が推計するGDPNowによると、26年1-3月期は同+1.3%の成長率が見込まれている。これからイラン情勢悪化の影響が織り込まれていくと考えると、下振れリスクが大きい。
〈やや気になる円安圧力と、日銀を不安にさせる経済統計〉
イラン情勢が徐々に改善していくという見方から、いわゆる有事のドル買いの圧力が弱まっているようである。イラン情勢悪化以降、ドル買いが進む中で、ドル円も多少は上昇(ドル高・円安)が進んでいたが、円が極端に弱い状況ではなかった。例えば、3月はドル指数が+2.4%だったのに対して、ドル円は+1.7%にとどまっていた。多くの通貨に対してドルが上昇していたが、対円ではその上昇率はやや小さいものになっていた。しかし、4月はここまでドル指数が▲1.2%で、ドル円が+0.2%となっており、やや円が弱い。3月以降の動きをトータルで見ればそれほど円安を心配するべきではないのかもしれないが、足元でやや円が弱含んできていることには注意が必要だろう。
日銀はタカ派姿勢を崩していないものの、足元では日本経済の下振れリスクを示す経済統計が続いている。8日に公表された3月の景気ウォッチャー調査、9日に公表された3月の消費動向調査は、いずれも驚くほど弱い結果となり、企業と家計のセンチメント悪化が懸念される。いずれもソフトデータであることから、ハードデータはそれほど悪化しない可能性があるものの、ハードデータの公表を待たなければ実態は判断できない。
円安圧力が強くなるかどうかに注意を払いつつ、出来れば4月は利上げを見送りたいというのが、日銀のスタンスだろう。
〈FOMC議事要旨では、やはり長期インフレ予想の重要性が議論された〉
FRBは8日、3月17-18日のFOMC議事要旨を公表した。「多くの参加者(most participants)は、中東情勢の展開が米国経済にどのような影響を与えるかを判断するには時期尚早である」(筆者訳。以下同)とされた。各種報道や分析ではリスクについての議論が切り取られることで、タカ派・ハト派の評価が行われるとみられるが、今回のFOMCの議論はほとんどがリスクに関するものであり、メインシナリオはまったく決まっていない(したがって、これまでと変わっていない)とみておくことが肝要である。
例えば、「多くの参加者(most participants)は、原油価格の上昇が持続する中で、インフレ率が予想以上に長期間高止まりするリスクを指摘した。この場合、インフレ率を委員会の目標である2%に引き下げ、長期的なインフレ期待をしっかりと定着させるために、利上げが必要となる可能性がある」という議論があった。利上げの可能性が議論されているため、タカ派的であると解釈されそうな記述である。もっとも、多くの参加者が指摘しているのは、「インフレ率が予想以上に長期間高止まりするリスク」である。その結果として、「長期的なインフレ期待」がアンカーできない場合は、利上げが必要になるかもしれないという「仮定の仮定」の話である。この議論をもってして利上げが検討されていると解釈するのには無理があるだろう。
長期のインフレ期待については、「複数の参加者(several participants)は、長期的なインフレ期待の指標の大部分が、委員会の2%という目標と整合性を保っていることに言及した」とされていた。FOMC以降も市場ベースのインフレ予想(BEI)は安定しており、3月のNY連銀調査における長期のインフレ予想もほとんど上昇しなかったことも考慮すると、FRBのスタンスが利上げに傾いていることはないだろう。
FRBが「仮定の仮定」の話をせざるを得ないのは、コロナ後(21~22年)のインフレ高進局面で利上げが遅れてしまったことに対する反省があるからだろう。トランプ政権がインフレに対して不確実性を与える状況が続いており、関税や原油高の影響が「一時的である」と言ってはいけない雰囲気があるとみられる。市場参加者としては、「FRBは言いたいことが言えない状況」なのだろうと、彼らの悩みを類推した上で今後の予想をすることが重要である。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)