インドは10年余りにわたり「戦略的自律性」の構築を目指し、さまざまな国際的枠組みに参加してきた。

例えば、日本と米国、オーストラリアとの「クアッド」や、中国やロシアが主要メンバーとなっている上海協力機構(SCO)とBRICS、そして米国とイスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)との連携I2U2グループだ。

われわれに伝えられてきたのは、国益のためには、全ての国に近づくと同時に、どの国とも近過ぎてはならないというインドの戦略だった。インド当局はレトリックで勝る手法を磨き、近隣諸国にも超大国にも巧妙な批判を繰り出し、けん制してきた。

しかし、守ろうとしていた国益とは具体的に何だったのか。インドの外交政策が中心に据えるべき優先事項は三つある。第一に国外に住むインド人の安全、第二に周辺地域でのテロ阻止、第三に石油・ガスの確保だ。急速な経済成長を遂げているインドだが、資源に乏しく、エネルギー確保は不可欠だ。

これらはいずれも今回の湾岸地域の危機によって脅かされているが、特に第三の項目への影響が大きい。今こそ、この戦略的自律性という約束を実際に行使すべき時だろう。しかし、インドが築いてきた対外関係の蓄積では、不十分かもしれない。

インドのモディ首相はイラン大統領と対話し、両国の外相も電話会談を行った。ジャイシャンカル外相は「すでに一定の成果が出ている」と表明。調理用として広く使われる液化石油ガス(LPG)を積んだインドのタンカーが、イランが封鎖しているホルムズ海峡の通過を許可された。

だが、こうした取り組みだけで事態が大きく動くわけではない。インドはイランとの交渉で、米国が科している制裁の一部に逆らう意思があることを示す必要に迫られる可能性もある。

イランの信頼を得るには、米国との関係の一部を犠牲にせざるを得ないだろう。トランプ米政権は、中東からの供給減少を補うため、インドによるロシア産原油の一部購入を認めると3月上旬に発表した。しかし、インドが米国の制裁に従わなければ、この特例が維持されるかは不透明だ。

トランプ大統領がインドに好き放題させているという見方は、モディ首相にとってすでに政治的に有害だった。だがモディ政権は今や、イランの好意にもすがらなければならないようにも見える。

エネルギー不足

長年にわたり自国の強さばかりを聞かされてきたインド国民は、なぜモディ政権が弱い立場から交渉しているように映るのかを知りたがるだろう。

インドが自国の必要に合わせて世界を動かせていない現状は、痛手となりそうだ。湾岸地域には900万人のインド人が居住し働いている。彼らの送金は外貨準備を下支えし、国内の福祉支出を支えている。3月第1週には5万人余りが帰国したが、依然として数十万人が危険にさらされている。

一方で、インドの安全保障当局は、今回の戦争が目的として掲げているイランの体制転換を歓迎していない。過激主義の温床となりやすいアフガニスタンやパキスタン高地の西側に権力の空白が生じれば極めて危険という認識からだ。

また、インドに住むイスラム教シーア派はこれまでインドの体制側を一貫して強く支持してきた。イランはシーア派が多数派だが、その構図が変わることを望む者はいない。

インドの指導者にとってエネルギー不足ほど懸念されるものはない。過去には燃料価格の高騰が政権崩壊を招き、長期にわたる混乱や権威主義をもたらした。1991年にはイラクによるクウェート侵攻を受けて、通貨ルピーが急落し、インドは国家破綻寸前に追い込まれた。

インドに供給されるLPGの9割はホルムズ海峡を通じて輸入されている。不足すれば政治的に壊滅的な影響を及ぼすだろう。すでにレストランは閉店やメニュー縮小を余儀なくされ、一般世帯もガスボンベの交換にこれまで以上の時間がかかると告げられている。

政府はパニックを避けるよう呼びかけているが、その効果は疑わしい。筆者がコルカタに住む母のために電磁調理器を買おうとしたところ、アマゾン・ドット・コムで高い評価を得ていた製品はすでに売り切れていた。

この危機が長引くほど、危険性は増す。肥料は天然ガスを原料に生産されており、工場の稼働率はすでに低下。肥料が減れば食料も減り、燃料価格で上振れ圧力を受けている物価を一段と押し上げる。

つまり、インドにとって、自国の船舶によるホルムズ海峡航行が必須条件だ。しかし当局者によれば、タンカーの通航は個別判断でしか認められない見通しだ。

インドだけがそうではない。インドネシアやトルコ、パキスタンも同様の扱いを受けている。インドがイランから特別扱いされているということではない。

危機後の外交

インドは過去3年間、イスラエルの戦略的パートナーだと主張し、技術移転や軍事取引を進め、直近ではモディ首相がテルアビブを訪問している。イランから見れば、インドは悪い友人、あるいは世間知らずのどちらかだ。なぜ、インドが信頼を勝ち得ていると思わなければならないのか。

インド政府の危機対応を非難するつもりはない。こうした状況下で、一部のインド人を退避させ、何隻かのタンカーを通過させたのは評価できる。モディ首相が電話をかければ、イラン側が受話器を上げる。

しかし、有能な危機管理だけでは外交政策とは言えない。この危機が終わった後、インド政府が問うべきは、こうした局面で優位性を持てないのであれば、国際社会での高まった存在感にどんな意味があるのか、という点だ。

存在感と影響力を取り違えていた恐れがある。交渉の場にいることは、その場で何が起きるかを左右できることを意味しない。

現実はこうだ。インドはイスラエルに近過ぎてイランから十分な信頼を得られない一方、モディ首相による公式訪問の数時間後にイラン戦争が始まるという不意打ちを避けられるほどイスラエルに近くもない。

湾岸の君主国も、危機の際にインドの防衛に頼ることはできない。米国は周辺地域を混乱に陥れる際、インドの懸念を事前に考慮しない。

インドはイラン南東部チャバハル港の開発に関与し、コメをイランに輸出しているが、そうした重要な資産や市場を失いつつある。インドは世界各地に友人を持つ。だが、影響力はどこにもない。

(ミヒル・シャルマ氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。ニューデリーのオブザーバー・リサーチ財団のシニアフェローも務めています。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:India Has Friends Everywhere, But Leverage Nowhere: Mihir Sharma(抜粋)

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