(ブルームバーグ):高市早苗首相が打ち出した食料品の消費税減税は、年5兆円程度の財政負担になると試算されている。それなら、2年間の時限減税よりもっと良い案がある。
それだけの予算があれば、日本国民全員に生成人工知能(AI)「ChatGPT」か「Claude(クロード)」の優秀な最新モデルを提供できる。これらのサービスは月額3000円程度だ。
生成AIはほぼすべての国で産業構造を変革しつつある。だが日本は、多くの国以上に恩恵を受けられる立ち位置にある。AIは、長年にわたり生産性の足を引っ張ってきた特定の問題を一夜にして解決する可能性がある。
その一つが英語力だ。日本は国際調査で一貫して低い順位にあり、昨年のある調査では123カ国中96位だった。訪日客ブームを背景に日常会話は改善が見られるが、総合的な英語力は依然として見劣りする。
理由は多い。学校での英語教育がコミュニケーションよりも読解を重視し、大学入試を突破するために文法規則の暗記に重点を置いている。その上、教育は工夫できるが、日本語と英語の言語的距離は大きい。
だが、最大の要因はもっと単純だ。米国や英国で第2言語が実質的に不要なのと同様、日本では英語が話せなくてもミドルクラスの快適なライフスタイルをエンジョイできる。
さらに、欧米のソフトパワーが低下していることも影響している。かつて日本の若者たちは、ハリウッド映画や英国のロックへの愛着から英語を学んでいたが、今では韓国語を選ぶかもしれない。
それでも、国際的な調査研究から学術界、多国籍企業、貿易や金融に至るまで、英語は依然として世界共通語だ。筆者は2023年に執筆したコラムで、日本が世界と切り離され、「誤解」される存在になりつつあるとして、海外とのコミュニケーションギャップ拡大を嘆いた。
急速な進歩
それは、米OpenAIがChatGPTを発表して、わずか数週間後のことだった。AIを巡る今の状況を見れば、もはやそうである理由はない。
生成AIが雇用に与える影響や、そもそも「思考」しているのかどうかを巡る議論は続いている。だが少なくとも翻訳においては、すでに卓越した能力を発揮している。
例外的なケースでつまずくことはあり、文章作成も必ずしも得意ではないが、そうした欠点に目を奪われると、数千年にわたり存在してきた言語の壁を急速に崩しつつある現実を見落とす。
AIは会話よりもテキストベースのコミュニケーションを得意とするが、解決策は急速に進歩している。第2言語の習得に数千時間を費やしてきた身としては、手放しで喜べる話ではないが、日本のような国にとっては、潜在的な上振れ余地は極めて大きい。
レーガン米政権時代の通商交渉官クライド・プレストウィッツ氏は19年の著書「Japan Restored」で、経済再編案の一つとして、50年までにシンガポール並みに英語を使いこなす教育改革を遂げた日本を構想した。
だが、学校教育だけでは不十分だろう。生成AIならそれが可能だ。しかも第2言語学習の強力なツールとなるだけではない。英語は大規模言語モデル(LLM)にとって、中国語や韓国語、アラビア語と同列だ。
では、もう一つの、より重要とも言える言語、コンピューター言語はどうか。日本は重工業では強みを持つが、ソフトウエア分野では後れを取っている。
デジタルトランスフォーメーション(DX)を進める中でプログラマーが不足しており、そうした人材不足は20年代末までに数十万人規模に拡大する見通しだ。行政サービスをはじめとするデジタル対応は総じて水準が低く、海外製ソフトへの依存に伴う大きな対外赤字も抱えている。
劣勢挽回の好機
問題は相互に絡み合っている。英語が得意でない人には、簡単なコードですら難しく見えるかもしれない。特に最先端分野では、文書や研究論文、議論の多くが英語ベースだ。十分な英語の理解力がない状態で、LLMの発展に極めて重要だった17年の画期的な論文を読むことを想像してみてほしい。
筆者自身も、ひとごとではない。テクノロジーは好きだが、コーディングを学んだことはない。ロジックは理解できても、シンタックス(構文)を覚えるのが苦痛で、カンマ一つでコードが動かなくなった。
だが最近、多くの人と同様、アンソロピックの「Claude Code(クロードコード)」を使い、テクノロジーで解決できると分かっていながら専門知識が足りず手を出せなかった日常の問題に取り組んでいる(今は、Claudeを使って日本のニュースソースの要約を毎日作ることに夢中だ)。
もちろん「バイブコーディング」、つまりプロンプトを通じて指示を与え、AIにプログラミングを任せることはまだ主流にはなり得ない。
とはいえ、これがこのテクノロジーの最も未熟な段階だとすれば、海外のエンジニアと日本の同業者、さらにはロジカルなスキルはあっても言語の壁に阻まれてきた人々との間の溝がLLMで埋まる可能性が高い。
音楽ストリーミング大手スポティファイ・テクノロジーは、同社のトップデベロッパーが昨年12月中旬以降、コードを1行たりとも書いていないと報告している(スポティファイは、より優秀なプログラマーがもっと多くいれば、日本が生み出すべきスタートアップの典型例としてよく引き合いに出されてきた)。
日本はAIを受け入れつつある。ChatGPTは広く知られ、若者の間では「チャッピー」という愛称で親しまれている。同僚コラムニストのキャサリン・トーベック氏が指摘するように、高齢化が進む日本は多くの国よりも失業不安が小さく、欧州連合(EU)と異なり政策も前向きだ。
高市政権は昨年12月、「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を目指す計画を承認した。それでも利用状況は米国や中国の後手に回っており、より多くの企業がAI導入に踏み切る必要がある。データは限られるが、日本では無料版モデルの利用が中心であることが、出遅れの一因かもしれない。
「Claude Opus(クロードオーパス)」のような最新の有料モデルを使ったことがなければ、ここ数カ月でどれほど変化したかを実感するのは難しい。LLMは、「ハルシネーション(幻覚)」を起こす物珍しい存在から、本物の問題解決ツールへと進化した。
今こそ、日本がリードを許した分野で優位性を取り戻すためにAIを活用すべき時だ。これは、今月の衆議院選挙で11議席を獲得した新興政党「チームみらい」の主張でもある。
高市首相が税金でAIサブスクを国民に提供すべきだという提案は、ちょっとしたジョークと受け取ってもらってもいい。しかし、根底にある問題提起は本気だ。人手不足と海外とのギャップに悩む国にとって、AIは変革をもたらし得る。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Japan Needs Claude Subscriptions, Not Tax Cuts: Gearoid Reidy(抜粋)
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