(ブルームバーグ):トランプ米政権が先週、ベネズエラのマドゥロ大統領を首都カラカスの自宅から強引に連行したことは、中国の習近平国家主席に明確なメッセージを送ることにもなった。それは、南北米大陸を中心とした西半球に他の超大国の居場所はない、というものだ。
世界最大の原油埋蔵量を誇り、中南米で唯一、中国と「全天候型戦略的パートナーシップ」を結ぶベネズエラに対し、米軍が急襲作戦を実行した。これは、トランプ氏が「ドンロー主義」と呼ぶ政策の大胆なデビュー戦でもあった。ドンローとは、19世紀に当時のモンロー大統領が南北米大陸での米国の優位性を確立したモンロー主義と、自身の名「ドナルド」を掛け合わせた造語だ。
ホワイトハウスが先月公表した国家安全保障戦略(NSS)に盛り込まれた同方針は、競合国が「戦略的に重要な資産」を所有したり、支配したりするのを阻止する権利を米国が一方的に持つと主張する。米国は「この地域でインフラを構築する外国企業を排除するため、最大限の努力を払うべきだ」との強い文言も含まれている。
米当局者らは、マドゥロ氏追放後も強硬な発言を続けている。ルビオ国務長官は「西半球が敵対国や競争相手国、ライバルの活動拠点となることを許さない」と宣言。ウォルツ国連大使はさらに率直に中国を名指しし、「中国は西半球、南米に対して信じられないほど攻撃的に進出している」とFOXニュースに語り、「トランプ大統領とルビオ長官はこれに断固として対抗している」と述べた。
トランプ政権幹部の発言は強気だが、具体的にどうやってそれを実行していくのかが不透明だ。米ABCは6日、ホワイトハウスが中国とロシア、イラン、キューバとの経済関係の断絶など関与の縮小をベネズエラに要求したと報じた。ただ、広大で政治的にも多様な地域で同様の要求を突きつけることは、はるかに困難で、大きな反発を招くことになるとみられる。
メキシコ国立自治大学中国・メキシコ研究センターの責任者、エンリケ・デュッセル・ピーターズ氏は「米国の対応は20年遅れだ」と指摘。米と緊密な貿易関係を持つ国でさえ、地域全体に深く組み込まれた中国のサプライチェーンから離れるのは困難だとし、「実質的に21世紀全体を通じ、中南米の経済問題においては中国が優位に立ってきた」と話す。
中国と中南米の財の貿易額は今世紀に入ってから急増している。同期間で40倍余りに拡大し、2024年には5180億ドル(約81兆円)に達した。これは、中南米における米国の長年の経済的優位性を脅かすものだ。地元住民は比亜迪(BYD)の電気自動車(EV)を運転し、小米(シャオミ)のスマートフォンを使い、ウーバーの代わりに滴滴でタクシーや食事を注文する光景がますます日常となっている。
米調査会社ロジウム・グループのデータによると、中国は中南米への投資も積極的に進めており、直接投資プロジェクトは25年第3四半期までに1800億ドルを突破した。ブルームバーグ・エコノミクスの調査によれば、今世紀に入って以降、中南米33カ国のうち14カ国で中国の経済的な影響力が米国を上回っている。この間、ホンジュラスやニカラグアなどが外交関係を台湾から中国に切り替えた。
今のところ、中南米各国はホワイトハウスの脅しを意に介していないようだ。同地域における中国の投資に代わる選択肢を内向きに転じた米国が提供してくれるとは考えていないからだ。
中南米最大の経済大国ブラジルでは、中国の投資を担当する当局者らがトランプ大統領の行動はベネズエラに限定されたものだと受け止めている。政府の方針に関わる話だとして匿名を条件に語った当局者らによると、ルラ大統領は米中のどちらか一方に肩入れするつもりはない。また、ブラジルは多様な貿易関係を維持することがトランプ政権との交渉のてこになると見ている。
トランプ氏が中南米から中国の影響力を排除するためにどこまで踏み込むのか、現時点で未知数だ。今回の国家安全保障戦略を実行に移す具体的な動きがあれば、地域全体に新たな混乱を招き、中国との火種を生む恐れもある。
トランプ大統領と習主席は今年、首脳会談を4回行う可能性があり、広範な貿易休戦が脅かされている兆しもこれまでのところない。ただ、中国政府はマドゥロ氏の排除に衝撃を受けたもようで、中南米地域での権益を守る方針を示している。中国外務省の毛寧報道官は7日、米国が中国との経済関係の断絶をベネズエラに迫っているとの報道に反発。「典型的ないじめ行為だ」と述べた。
「中国や他国はベネズエラに正当な権利を有しており、それは守られなければならないという点を強調したい」と毛氏はコメントした。
匿名を条件に話したホワイトハウス当局者によれば、中国の資源アクセスを巡る懸念もトランプ大統領がマドゥロ氏拘束を承認した際の判断材料の一つとなったという。それでも、違法薬物や移民問題など他の要因がトランプ氏に決断を促す主な原動力だったと、この当局者は指摘した。
ホワイトハウスの報道担当、アナ・ケリー氏は問い合わせに対し、「トランプ大統領が国家安全保障戦略で概説したように、西半球における米国の優位性を回復し、移民を管理し、麻薬密輸を阻止するために、政権はモンロー主義を改めて主張し、執行している」と回答。「毎年何万人もの米国人が命を落とす違法麻薬から国土を守り続けるため、大統領は多くの選択肢を自由に使える状態にある」と述べた。
パナマ運河やペルーの深海港から、アンデス山脈のリチウム塩湖、ベネズエラの油田に至るまで、中国企業は米国のすぐそばで戦略的産業に深く入り込んでいる。多くは石油、大豆、銅やリチウムといった重要鉱物などの主要商品を採掘、または輸送しており、ブラジルの送電システムを含むインフラへの投資も行っている。
十分な抑止力
中国の当局者らは現在、海外投資を守る方法を議論している。
中国政府に助言してきた復旦大学米国研究センターのディレクター、呉心伯氏は自国の利益を標的にし得るテロ組織や米国のような国に対して、中国は十分な抑止力を示す必要があると分析。トランプ政権による中南米での中国投資を対象としたあらゆる動きは、全般的な関係に影響を与える恐れがあり、中国政府に報復を促すことになるだろうとの見方を示す。
「米国がわれわれのビジネスの一部を人質や標的にするなら、われわれも同じことができる」とし、「米国は中国を含め、世界中に経済的な利益を持っている」と呉氏は話した。
習氏は昨年、中国によるレアアース(希土類)支配をてこに、トランプ大統領に中国製品に対する100%超の関税を撤回させ、昨年10月下旬の会談では休戦を実現することに成功した。
だが、南米を勢力圏に入れようとするトランプ氏の新たな動きは、より強力な対抗措置につながる可能性もある。米軍による急襲作戦の数時間前、中国の代表団がカラカスでマドゥロ大統領と会談していた。マドゥロ氏はインスタグラムで握手をする画像を共有しており、中国政府がいかに不意を突かれたかを示している。
ベネズエラは、中国の権益がどう扱われるかの最初の試金石となりそうだ。事情に詳しい複数の関係者が今週語ったところでは、マドゥロ大統領の追放を受け、中国の金融規制当局はベネズエラへの融資エクスポージャーを報告するよう政策銀行や他の主要金融機関に求めた。
中国は07年に故チャベス前大統領の下でインフラや石油プロジェクトへの資金提供を始め、ベネズエラに対する主要な貸し手となった。15年までに国有銀行を通じて600億ドル以上の石油担保融資を行ったとの推計もある。
中国はこの10年でこうしたエクスポージャーの削減に取り組んでいる。ジョージ・ワシントン大学エリオット国際関係大学院のスティーブン・カプラン准教授によると、それでも近年累積した未払い分を含め、ベネズエラはなお中国に約200億ドルの返済義務を負っている。
米国の元外交官で、現在はユーラシア・グループのシニアアナリストを務めるジェレミー・チャン氏は「これまで『ドンロー主義』はほとんど言葉だけだった」と指摘。「今回の出来事を受け、中国政府はこの地域全体への投資を維持する能力について再考せざるを得なくなった」と述べた。
原題:Trump Opens New Front Against China With Brazen Arrest of Maduro(抜粋)
--取材協力:Clara Ferreira Marques、Weilun Soon、Dan Murtaugh、Ocean Hou、Stephen Stapczynski、Hallie Gu、Martha Viotti Beck、Manuela Tobias、Sergio Mendoza、Gonzalo Soto、Oscar Medina、Antonia Mufarech、Andrew Rosati、Beatriz Reis、Kate Sullivan、Fran Wang、Jing Li.
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