国民の金融リテラシー(知識と判断力)向上を目指し、政府の肝いりで発足した金融経済教育推進機構(J-FLEC)のフル稼働から1年がたった。インフレ時代を迎え個人の資産形成に求められることは何か。安藤聡理事長に聞いた。

安藤氏はインタビューで、インフレ下では預貯金に偏ることで資産価値が目減りするリスクがあり、「お金に働いてもらう」感覚が重要だと指摘した。キーワードは余裕資金による「長期・積み立て・分散」だ。分散も国内や海外、株式や債券などさまざまな選択肢があり、「自分が何を選ぶかで成果は大きく変わってくる」という。

Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

J-FLECは官民による出資で2024年4月に設立され、同年12月に全ての事業がスタートした。中立・公正な立場から金融経済教育を推進する唯一の公的機関だ。学校や企業、地域コミュニティー施設などへの講師の派遣、イベントやセミナーの開催、個別相談といったサービスを無料で展開している。

これまでも金融教育は、政府・日本銀行や金融関係団体などがさまざまな取り組みを行ってきたが、お金の話をタブー視する日本社会の風潮や、金融商品勧誘が目的と疑われるなど敬遠されがちで、広がりを欠いていた。資産運用立国の実現を目指し、政府の旗振りで誕生した中立的な組織への期待は大きい。

今年は日経平均株価が5万円台を初めて突破し、東証株価指数(TOPIX)も最高値を更新した。日銀は19日の金融政策決定会合で政策金利を0.75%と30年ぶりの水準に引き上げ、長期金利は22日に一時2.1%と1999年2月以来の高水準を付けた。金利のある世界は新たな段階に入った。

日銀の資金循環統計によると、株高・円安の進行や新少額投資非課税制度(NISA)への資金流入を背景に、9月末の家計の金融資産は2286兆円と過去最高を更新した。残高の過半を占めていた現預金の割合は49.1%となり、18年ぶりに50%を割り込んだ。

安藤氏は「日本の経済・社会は、過去と違うフェーズに入った」とみる。インフレと自己決定の時代に変わり、経済的な観点から一人ひとりが幸福を実現するには、金融経済に関する知識と判断力の向上が「絶対に必要だ」と強調する。

これまでは終身雇用・年功序列といった日本型の雇用慣行と長引くデフレの中で、余裕資金は預金に、年金運用は会社に任せていればよく、「金融リテラシーは必要なかった」という。しかし、近年は賃金と物価が共に上昇し、企業年金は加入者自身の運用の結果に基づいて給付額が決まる確定拠出型への移行が進んでいる。

税制面でメリットのあるNISAや個人型確定拠出年金(iDeCo)は、運用商品の品ぞろえなどの観点からも「初心者には入りやすい」と指摘。運用に際しては、税制優遇やNISAおける積み立て投資枠と成長投資枠の違いなど、それぞれの制度の特性を十分に理解することが重要だという。インタビューは11月26日に行われた。

シニア層

J-FLECが提供する金融経済教育は、小学生から社会人、高齢者まで全世代が対象となる。年齢層別に最低限身に付けるべき金融リテラシーを記している「金融リテラシーマップ」に準拠した標準講義資料に基づき、認定アドバイザーらが家計管理や生活設計などを含めて講義や助言、サポートを行う。

その中で、さらなる取り組みが必要と考えているのが、定年を控えた人を含むシニア層だ。安藤氏によると、「日本人は真面目なのでためるのは得意だが、使うのが下手」。老後の備えとして積み上げた金融資産をいかに賢く使うかがシニア層の課題だという。

社会人になってバブル経済の崩壊や長期化したデフレを経験していることもあり、「不安が先行して楽しい人生を送れていない感じがある。資産の取り崩し方も学んでほしい」と語る。人生100年時代に対応し、J-FLECではシニア層向けのセミナーを強化していく方針だ。

金融リテラシーの向上は、拡大する特殊詐欺など金融犯罪の未然防止にも欠かせない。近年は交流サイト(SNS)の普及で情報収集を含めて資産運用や投資がより身近になる一方で、SNS型投資詐欺の被害が急増している。

J-FLECは公式SNSを通じた発信を強化し、広報活動だけではなく、動画も活用した金融経済教育の推進や詐欺への注意喚起も行っている。

国民ニーズ

J-FLECに事業を移管した金融広報中央委員会が、3万人の個人を対象に実施した22年の金融リテラシー調査によると、金融教育を受けたと認識している人の割合はわずか7.1%。一方で、金融教育を行うべきだとの意見は71.8%に達した。

安藤氏は、「金融経済教育の圧倒的な不足が日本社会の大きな課題」であり、国民のニーズが高いことも明らかだと指摘。この1年間のJ-FLECの取り組みによって、多くの地域で金融経済教育に関する自治体と学校、金融機関の連携が進み、利用者からも高い評価を得るなど「かなりの手応えを感じている」という。

日本では学習指導要領に基づいた金融教育が、20年度から小学校・中学校・高等学校で段階的にスタートしたばかり。国際比較の面からも日本の金融リテラシーには向上余地が指摘されている。

三菱UFJ銀行出身でオムロン取締役などを歴任した安藤氏は、自ら学校や自治体、企業団体などを訪れ、金融リテラシーの普及に向けた活動を精力的に行っている。

政府・日銀や金融界から集まった金融経済教育に精通したJ-FLEC職員に対して、安藤氏は自分のやり方が最善と考える「天動説」ではいけないと説く。利用者のニーズに合わせて工夫していく「地動説」による能動的な取り組みを促している。

--取材協力:青木勝.

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