ある晴れた秋の日の午後、東京・銀座にある「ユニクロ TOKYO」の店頭には、バラやカーネーション、デルフィニウムが花車からあふれるように並んでいた。黄色、白、紫の花々にシンクロするように、自動ドアを抜けた先には同じ色合いのラムウールのセーターが陳列されている。

偶然ではない。「合わせている」とファーストリテイリング創業者の柳井正氏は明かす。「これがあると色に気を使うようになる。服を選ぶときもまず色を選ぶじゃないですか」。

店内に入ると、天井まで整然と積まれた商品が目に入り、明暗のグラデーションは奥へと誘導されるよう計算されている。売り場づくりの基本通り、小さいサイズは手の届きやすい高さに、大きいサイズは棚の上の方に並べられている。ユニクロの成長を支えてきたのは、こうした美学と、品質と価格を両立させるサプライチェーンの強さだ。

「買う立場で考えなければいけない、全部。売る立場でみてもいいことないですよ」。店内を歩きながらこう口にする。紺のカシミヤセーターに茶色のコットンパンツ。アディダスのスニーカーに、上下ともユニクロの商品を身に着けた柳井氏は、ゴルフ用の暖かい素材のパンツを探している。

洋服の前を通り過ぎる際、柳井氏は必ず手触りを確認し、時には裾をめくって縫い目を点検する。ウォームイージーパンツを手に取りながら「これあんまり暖かくない感じがするな」とつぶやいた。

失敗と背中合わせ

店舗は、昼休みに立ち寄ったであろうスーツ姿の会社員やベビーカーを押す家族連れ、海外からの観光客、そして地元の常連たちでにぎわう。国内外のさまざまな客層が入り交じる様子を見て、「ちょうどいいですよね、これぐらいが」と柳井氏は満足げだ。

「グローバルで知られるようになって、われわれのブランドのポジションがそれぞれの地域で理解され始めた」。ファストリは、衣料品ブランド「ZARA(ザラ)」を展開するスペインのインディテックスに次ぐ、売上高3兆4000億円を稼ぎ出す。柳井氏は今後売上高で10兆円を目指すとしており、実現すればインディテックスを抜くことになる。

1984年創業の同社が世界26の市場で3500店以上を展開するまでには、数々の失敗もあった。01年のロンドン進出では、のちに事業縮小を余儀なくされ、05年に開いた米ニュージャージー州の店舗も閉鎖に追い込まれた。

柳井氏はいつも失敗と背中合わせだったという。大事なのはそれを引きずらず、原因を探り、どうすれば次は成功できるかを考えることだ。「われわれが変わり続けるということが必要」だと強調する。

ユニクロにとって重要市場だった中国では現在、構造改革を進めている。日中の政治的問題が先行きを複雑にする可能性もある。柳井氏がいま、成長の軸として描くのは、アジア地域以外への拡大だ。欧州や米国沿岸部では一定の存在感を示し始めているが、海外市場での定着は簡単ではない。

柳井氏の理想通りなら、北米のユニクロ全店舗が銀座の店舗と同じような活気に満ちているはずだ。だが実際には大都市圏外の多くの米国消費者が、同ブランドの存在すらほとんど知らない。

ニューヨークでの撮影では、柳井氏はスーツの着用を選んだ

従業員番号1番

ブルームバーグ・ビリオネア指数によると、資産総額554億ドル(約8兆6000億円)の富豪の柳井氏が店内を歩き回っても、それに気付く顧客はほとんどいなかった。店長とはコートの売れ行きについて言葉を交わし、例年より暖かい秋の天候がその週の売り上げを押し下げている可能性について話し合った。商売をする者として感じるところを店長から聞く、というのが1番だという。

「経営者が経営者として店を回ってもなにも得られない」と柳井氏は話す。上から目線では顧客の意見は入ってこないからだ。「自分が買う立場で、自分だったらこういうふうに考える。お客さんだったらこれをどういうふうに考えるか」ということを対比しながら、現場を見ることが重要だという。

よりよいゴルフパンツを求めて3階へ向かう途中、通路をそれてダークグレーのニットジャケットを試着する。2年前に招へいした英国人デザイナーで元クロエのクリエイティブディレクター、クレア・ワイト・ケラーがデザインした。

7990円のそのジャケットと、その後見つけた4990円のスラックス2本を手にした柳井氏は、セルフレジの端末に向かい、そばに立つスタッフに「この機械で社割は効くの」とたずねた。緊張した面持ちのスタッフが「はい」と答え、従業員番号を求めると、「1番」と柳井氏。

現金で支払いを済ませると、割引がきちんと適用されてるか確かめるために、レシートを念入りに確認した。

原題:Uniqlo Billionaire Founder Sets His Sights on Passing Zara Owner(抜粋)

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