学びに向かう力の育成

1)学ぶ場の必要性を感じていない、2)お金の話や新しいことへの抵抗感がある、3)「学び」自体に消極的である、いずれも対処すべき課題ではあるが、特に重要なのは、3)の学習意欲に起因するものと考えられる。

なぜなら、学びの場不要層と必要層で、関連する設問の回答差が特に大きいことに加え、学び続ける重要性が増している中で、分野に限らず学びに消極的であることは、急速に変化する社会への適応力や自己成長の機会を自ら狭めてしまう可能性があるからである。

学習意欲は、初等中等教育で育成される「学びに向かう力」に関連している。現行の学習指導要領では、育成すべき資質・能力として、1)学びに向かう力・人間性等、2)知識・技能、3)思考力・判断力・表現力等、の3つが柱とされている。

「学びに向かう力・人間性等」には、「主体的に学習に取り組む態度」が含まれており、これが特に学習意欲につながるものとなる。

学校教育において、学びに向かう力の育成が進められてきたものの、その進捗は十分とはいえない。文部科学省「教育課程企画特別部会論点整理」(2025年)によると、コロナ禍のように再び休校になった場合、自律的に学ぶ自信がない生徒も、他国と比較して多い。

現在進められている学習指導要領の改訂作業においては、こうした状況を鑑み「学びに向かう力・人間性等」の再整理が検討されている。

その要素として、「初発の思考や行動を起こす力・好奇心」「学びの主体的な調整」「他者との対話や協働」「学びを方向付ける人間性」が挙げられており、今後さらに議論が深まる予定である。

これら4つの要素は、社会人になって新たな学びを始めるうえでの原動力になるだろう。

「学びに向かう力」は、金融経済教育の推進に限らず、変化の激しい社会を生きるために不可欠である。今後の学校教育において、確実に培われていくことが期待される。

「学びを楽しむ」という成功体験

学校教育段階での「学びに向かう力」の育成が求められる一方で、そうした力の育成が不十分のまま社会人となった人の学習意欲を喚起する取組みも重要である。

その一つとしては、学習経験に応じた支援が有用と考えられる。4節で述べた5つの分野について、情報を得たり学んだことがある数をみると、すべて学んだ人と1つも学んだことがない人に二極化されている。

乾喜一郎氏の「社会人に学習を促すうえでの課題と個人の学習が社会に及ぼす効果~社会人学習者の視点から~」(2021年)によると、学び続けている人と学習を実施しない人は固定化している。学び続けている人は、学習による成功体験が次なる学習開始を支え、「学び重ね」ている。

実用性や達成感などから「次もきっとおもしろいはず」と思え、学習に対し自分なりの意味づけができるということだ。

一方で、実施しない人にはそうした成功体験がなく、役に立ったという実感がなかったり、授業や研修は「耐え忍ぶ時間」であったりすると指摘している。

このことは、学びの成功体験の重要性を示唆するとともに、現状ではお金や資産形成の学習に前向きでない人であっても、何らかの学びを通じて成功体験を得られれば、そうした分野への学習姿勢が変化しえるとも捉えられる。

現在、官民において学び直しが推進されており、費用の助成や、時間の柔軟性を高めるための授業のオンライン化などが進められている。

しかし、これらの施策の恩恵が十分に届くのは、学びのハードルが「意欲」ではなく「費用や時間」であり、すでに学び続けている人が中心であろう。

金融経済教育においても、任意参加の研修やセミナーでは学習を実施しない人の参加を促すのは容易ではない。

乾氏の同資料では、非学習実施者が学習実施を検討するには、学習後の「成功」の姿(ロールモデル)と出会える機会の提供が必要だと述べられている。

従業員の学び直しを支援する企業は増えつつある。上述の状況を踏まえると、支援の効果を最大化するには、学習経験や意欲によってセグメントを分け、経験が乏しい層に対しては、ロールモデルの提供や学ぶことの具体的メリットの提示などを通じて、学びの開始まで伴走することが効果的と考えられる。

職域での金融経済教育も、受講することの効果をわかりやすく伝えるなど、自分事として捉えやすくする仕組みが求められる。

さらに、学習意欲を高めるには、学び自体を楽しむことも必要である。近年の学び直しは、リスキリングとして、業務に必要なスキルや知識を学び、新しい職種や賃金上昇に結びつけることを目的として進められている。

これまでは、企業において従業員の自発的な学びが十分に評価されていなかったため、こうした方向性はきわめて重要である。

学んだ成果が評価されれば、学びの成功体験にもなる。一方で、仕事のための学びは、受験のための勉強のように学び自体が強制され、「やらされ感」を生む可能性も否めない。

仕事に直結しない学び、例えば絵画や音楽、スポーツ等も、自分の好奇心を満たし、生活を豊かにする大事な学びである。

そこで得た達成感や、学びを楽しむ経験も「学びの成功体験」の一種であり、次の学びのモチベーションになる。

学びの成功体験が乏しく、学び始めるハードルが高い人は、まずは自分が楽しめそうなことや没頭できそうなことから取り組むことが、有効なアプローチの一つとなるだろう。

社会全体でリスキリングが進められている今こそ、学びそのものの楽しさを見失わない視点も重要である。

以上、本稿では、資産運用立国に不可欠な金融経済教育の推進に向け、学びに前向きでない層の要因について考察した。

現在、その推進策として、研修などの学習機会の拡充やお金に対する相談体制の整備などが進められているが、それに加えて「学び」自体への消極性の払拭が重要となる。

その一助となる「学びに向かう力」や「学びの成功体験」は、金融経済教育にとどまらず、あらゆる学びやこれからの社会を生きる力の基盤となる。

学びに苦手意識を持っている人でも、学びを楽しめるきっかけを得られ、それが生活を豊かにしていける社会になることが期待される。

※なお、記事内の「図表」に関わる文面は、掲載の都合上あらかじめ削除させていただいております。ご了承ください。

※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 主任研究員 鄭 美沙