労働市場の現状と構造変化
(1)労働市場全体の動向
近年のインド労働市場では、主要指標の改善が進んでいる。
定期労働力調査(Periodic Labour Force Survey:PLFS)によれば、労働参加率は2017年度の49.8%から、2023年度には60.1%へ上昇し、失業率も同期間に6.0%から3.2%へと低下した。
また労働力率も46.8%から58.2%へと高まり、量的には労働市場の拡大がはっきりしている。
この背景には、パンデミック後の経済再開に加え、所得低下に直面した家計による労働供給の増加や、農村部における家族経営農業・小規模事業への従事が拡大した結果、世帯レベルでの労働参加が増え、雇用全体の底上げにつながった。
ただし、こうした改善は高付加価値部門への労働移動にはつながっていない。
非農業部門の雇用割合は2018年度の57.5%をピークに2023年度には53.9%へ低下しており、産業転換の鈍化が明確になっている。雇用の量的な拡大が続く一方で、質的な改善は依然として限定的である。
(2)女性労働参加の拡大と自営業化の進行
インドでは女性の労働参加率が国際的にみても低く、その背景には、就業の選択に影響を与えるジェンダー規範をはじめ、さまざまな環境上の制約がある。
しかし近年は農村部を中心に参加率が上昇しており、この動向が全体の労働参加率を押し上げている。
農村女性の労働参加率は2017年度の24.6%から2023年度には47.6%へ上昇した一方、都市女性では20%台にとどまる。男性はいずれの地域でも横ばいであり、近年の変化は主として女性によるものである。
農村女性の就業構造を見ると、自営業(自営業主・家族従業者)が増えており、臨時雇用は減少している。
自営業者の増加の背景には、小口資金を調達しやすくなり、小規模事業を立ち上げやすくなったことがある。さらに、農村家計の実質的な生活環境が改善していないことも女性の労働参加を押し上げている。
低技能層は物価上昇に比べて所得の伸びが弱く、男性出稼ぎ収入も景気の動向に左右されやすく不安定であるため、女性が生計を補うための活動に従事するケースが増えている。
しかし、これらの活動の多くは零細規模の自営業や家族経営に基づく働き方であり、収入の安定や就業の質の面では改善が限定的である。
(3)非公式雇用の高止まり
インド労働市場の大きな特徴として、非公式雇用(informal employment)が依然として高水準にある点が挙げられる。
PLFSによれば、非農業部門における非公式雇用は全国平均で70~75%に達し、農村部で約8割、都市部でも6~7割の労働者が社会保障の適用や書面での雇用契約など、制度的保護の対象外に置かれている。
とくに農村から都市へ移動した労働者(内部移民)は非公式部門(informal sector)に従事する割合が高く、雇用の不安定性に加え、社会保障の欠如など脆弱性が強まりやすい。
また、比較的安定雇用とみなされる定期賃金労働者であっても、社会保障の適用は十分に広がっていない。加入率は全国平均で4割台にとどまり、農村部ではさらに低い。
こうした非公式雇用の高止まりは、雇用の質的改善が進みにくい要因となっている。その背景や構造的要因については次章で詳しく検討する。




