(ブルームバーグ):米国の人気アニメーション「ザ・シンプソンズ」の中で1996年、クマの襲撃に対し架空の都市スプリングフィールドの市民たちが怒り、B-2ステルス爆撃機を導入した過激な防衛部隊「ベアパトロール」を結成するというエピソードが放送された。
日本では今、クマ被害が東北地方を中心に相次いでいる。その対策として、陸上自衛隊が派遣されたというニュースを聞いて、このエピソードを思い出したのは筆者だけではないだろう。
ただし、シンプソンズの世界では、実際には誰も脅かしていない1頭のクマに住民が過剰に反応するという笑い話だった。
だが日本では笑い事では済まない。2025年度だけで少なくとも12人がクマに襲われて死亡し、記録上最悪となっている。これまでは23年度の6人が最も多かった。今年度の死傷者数はすでに200人を超えた。
特徴的なのは、被害に遭っているのは、山菜採りや登山に出かけた不運な人々ではなく、住宅地で日常生活を送る市民たちだという点だ。
クマはスーパーマーケットや温泉地、学校の敷地内などに出没。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)が「23年に行くべき52カ所」の2位に選んだ盛岡市でも最近、複数のクマが目撃され、大学の授業が中止となった。
現在では、クマの目撃情報や射殺の速報が配信されている。春は花粉症、夏は熱中症で屋外活動が制限される中で、こうした「アーバンベア(都市型のクマ)」は秋の楽しみまでも奪っている。
クマが人間を恐れなくなっており、被害地域の住民はクマよけスプレーを備え、バッグに鈴を付けるなどの対策を講じている。
被害が特に深刻な秋田県は自衛隊の支援を要請した。自衛隊は通常、災害救助で派遣されるが、野生動物対策は初めてだ。今回はクマを一掃するための山狩りではなく、主にわなの設置など後方支援を担う。
対策急務
クマとの共存、そして時に衝突は、日本の多くの地域で古くから続いてきた。
1915年には北海道で「三毛別ヒグマ事件」が発生し、知能が高く復讐心を持つとされたクマが7人を殺害。動物1頭による被害としては日本史上最悪とみられている。この事件は90年の映画「リメインズ 美しき勇者たち」で再現され、若き日の真田広之が出演している。
今回のクマ騒動がここまで注目されるのは、住民らを恐怖に陥れているというだけではなく、さまざまな要因が絡んでいるためだ。
一つは気候変動だ。専門家は、クマが人里に近づいている背景には、極端な猛暑によるドングリ不足があると指摘する。冬眠前に必要な栄養を蓄えられないため、食料を求めて下山しているという。
環境保護派は、人間が野生動物の生息域を侵食した結果だと主張する。一方で、こうした思想がクマの個体数を抑えるための駆除政策を終わらせたと批判する声もある。
もう一つは人口動態だ。日本の人口減少は特に地方で深刻で、過疎化によって集落や農地が放棄されることでクマの行動範囲が広がっている。
さらにクマを抑止する人手も足りない。75年には50万人以上いた狩猟免許保持者は、今や半数以下に減少。しかも3分の2近くが60歳以上で、この傾向は今後さらに進む見込みだ。
経済的要因もある。狩猟者らは、クマの捕獲・駆除・処理といった危険な仕事への報酬が低過ぎると不満を訴えている。
根拠の薄い説も飛び交っている。再生可能エネルギー反対派の一部は、太陽光発電所の建設がクマの生息地を奪ったと主張している。いずれ誰かが、クマ対策パトロールの費用を賄うために導入した税金への批判を、移民に対する怒りにすり替えることで市民の不満をそらそうとしたシンプソンズに登場するクインビー市長のような行動に出るかもしれない。
幸い、日本の人々はスプリングフィールドの住民ほど愚かではない。対策は急務だ。クマは冬になれば冬眠のため山へ戻るかもしれないが、クマを人里へと導いた要因は変わらない。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Urban Bears Bring Fur and Loathing to Japan: Gearoid Reidy(抜粋)
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