対話型人工知能(AI)ChatGPTの開発会社OpenAIの会長でAI新興企業シエラ・テクノロジーズ共同創業者のブレット・テイラー氏は、現在のAIブームをドットコム・バブルと重ね、成功がいかにして崩れ去るかについて思いを巡らせている。

ブレット・テイラー氏(サンフランシスコのシエラ・テクノロジーズ本社で)

スタンフォード大学キャンパス近くの屋外カフェで取材に応じたテイラー氏(45)は、自身が学生だった1999年当時の熱狂を振り返る。学生のラボにサン・マイクロシステムズの高価なワークステーションが並び、人気のIT企業が無料のピザで学生を勧誘していた時代だ。

しかし間もなくドットコム・バブルが崩壊し、ピザも就職オファーも、5兆ドル(約770兆円)の時価総額と共に消えた。サンの株価は最大96%下落し、今ではその名を知る学生も少ない。テイラー氏は、自身を含めたコンピューターサイエンス専攻の学生にとって、「シリコンバレーのブームとバブルのサイクル」は第2の専攻科目だったと冗談交じりに語る。

同氏は今、現在のAIブームを25年前の熱狂と重ねる。人間を超えるAIを約束して巨額の赤字を積み上げる新興企業のバリュエーション高騰や、研究者たちを引き付けるための高額報酬を目の当たりにし、業界が当時の熱狂に近づき過ぎているように感じる。

実際、インタビューの前日にはシエラが100億ドルの評価額で3億5000万ドルを調達するとの報道が出たばかりだった。しかしテイラー氏にとって重要なのは、過去と同じ過ちを回避することだ。「多くの企業が急成長した後に崩壊するのを見てきた。それを恐れ過ぎているかもしれない」と述べ、「自分たちの妄言を信じ込み始めたら、未来を正しく見通せる確率はかなり低くなる」と戒めた。

テイラー氏はグーグル・マップの開発に携わり、フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)で「いいね」ボタンを生み出したほか、イーロン・マスク氏への売却に際してツイッターの取締役会を率いた。OpenAIでは1350億ドル規模の再編取引をマイクロソフトとの間でまとめた。

それでもスタンフォード大で通りすがりの学生に気づかれることはなく、写真撮影を求められることもない。その目立たない姿が、テクノロジー業界で静かな影響力を持つ知られざるリーダーにふさわしい。

テクノロジー業界で静かな影響力を持つ知られざるリーダー、テイラー氏

テイラー氏は、時に風変わりな経営者たちの突飛な構想を、現実的な実行力で形にする才覚を持っており、その能力は同氏のキャリアで最も厄介だった二つの局面で大いに発揮された。

2022年にはマスク氏によるツイッター買収の難交渉を最終的に取りまとめた。翌年にはOpenAIでサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)が突然解任された際に調整役として呼び戻された。いずれも波乱に満ちた出来事だったが、テイラー氏は「私は泣かなかった」と冗談めかして振り返る。

現在はシエラで、しばしば忌避される分野であるカスタマーサポートの在り方の再構築を図っている。シエラは、ディレクTV、シリウスXM、ウェイフェアなどの企業における苦情対応や返品手続きの体験を、AIによってつくり変えようとしている。

顧客が苦情の電話をかけるたびに、企業側は対応コストとして約20ドルの負担が生じる上に、応対を誤ればブランドイメージの悪化というさらに大きな損失を招く恐れがある。テイラー氏が率いる300人超のチームは、こうした不満を解消するため、テキストや音声でのやり取りを人の介入なしに円滑に完結できるAIエージェントの開発に取り組んでいる。

顧客対応の効率化は、将来的に新たな収益源への入り口にもなり得る。スクエアのカードリーダーが創業者のジャック・ドーシー氏に小口融資やP2P送金(個人間送金)へ進出する道を開いたように、シエラも応用分野を広げられる可能性がある。

こうした課題の解決こそ、テイラー氏が熱中する分野だ。シエラが取り組むのは、慎重派の業界関係者が、次のバブル崩壊を避けるためにテクノロジー業界が追求すべき現実的なAI応用とみなすタイプの事業でもある。消費者はもはや「何番目かのChatGPT」を求めていない。テイラー氏は「上司や取締役を喜ばせるため」の見かけ倒しのAIプロジェクトを追いかけるのはやめるべきだと話す。

とはいえ、もしAIバブルが崩壊したとしても、それほど悪いことではないかもしれないと同氏は考える。ドットコム・バブル崩壊の経験から、一定の「創造的破壊」は健全だと知っているからだ。バブル崩壊で多くの企業が消えた一方、グーグルやアマゾン・ドット・コムのように生き残った企業が次世代の主役になった。

「本当に長く続くテクノロジー企業はごくわずかだ」ということを、テイラー氏は思い出させてくれる。その中には、彼が子供の頃に使っていたパソコンの発展に大きく貢献したビル・ヒューレット氏やデービッド・パッカード氏のように、創業者の名前がスタンフォード大の建物の外壁に刻まれている企業もある。テイラー氏の目標は、そんな時代を超えて残る企業を築き上げることだ。たとえ自分の名前が世に知られることがなくても。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:OpenAI Chairman Says a Dot-Com-Like Bust Wouldn’t Be All Bad(抜粋)

もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp

©2025 Bloomberg L.P.