(ブルームバーグ):1995年10月、東京の水曜午後6時半。アニメーションの歴史が永遠に変わった。
「新世紀エヴァンゲリオン」は、巨大ロボットと怪物の戦いという一見単純な筋立ての物語を装いながら、フロイト的精神分析と実存的不安、そしてアイデンティティー危機に揺れる日本社会のメタファーを融合させ、視聴者を驚かせた。それまでこの時間帯では、米国の人気アニメ「ミュータントタートルズ」が放送されていた。
エヴァンゲリオンは、史上最も影響力のあるアニメの一つとなった。「ブレードランナー」が西洋のSF映画を単なるスペクタクルから思索的な芸術へと押し上げたように、エヴァンゲリオンも「AKIRA」や宮崎駿氏、故・今敏氏の作品と並び、日本のアニメをエンターテインメントの域を超えた文化的表現へと高めることに寄与した。
「鬼滅の刃」が今年、世界の映画興行収入で「スーパーマン」や「ミッション:インポッシブル」を上回り、日本アニメの世界的地位を確立したが、アニメを真に世界に認識させたのはエヴァンゲリオンだった。
文化庁が2006年に実施した世論調査では、エヴァンゲリオンが国民の好きなアニメ1位に選ばれた。ポップアーティストの村上隆氏はこれを、「オタク文化」の歴史における比類なきマイルストーンと評している。
村上氏が言うオタク文化とは、もともと日本のサブカルチャーを指す言葉だったが、今では国内外でメインカルチャーの一部となりつつある。
あらゆる定型を意図的に打ち破ったシリーズとしては意外な展開だ。エヴァンゲリオンは、「セカンドインパクト」と呼ばれる大厄災に見舞われた日本を舞台に、「人造人間」に乗り込む少年少女たちが世界を救うという、典型的なジュブナイルSFのように見える。
だがその内側にはユダヤ・キリスト教的な象徴が濃密に散りばめられ、哲学や意識の意味、個の本質、ジェンダーや性的アイデンティティー、そして孤独の痛みと拒絶・喪失のリスクの間で人が下す選択という、深い主題が掘り下げられている。
ファンが「エヴァ」と呼ぶこの作品は、14歳の少年・碇シンジを中心に展開する。謎めいた組織ネルフ(NERV)に選ばれたシンジは、タイトルにもなっている人造人間を操縦し、「使徒」と呼ばれる正体不明の怪物から第3新東京市を守る役目を担う。
シンジは好感の持てる主人公とは言い難い。わがままで、臆病で、常に不満を漏らす少年だ。その姿は、かつて宮崎氏が監督した「風の谷のナウシカ」の制作にも携わり、長年うつ病に苦しんだ庵野秀明監督の不安や葛藤を投影したものとされる。
物語の途中から、制作の重圧により庵野氏の精神状態がさらに悪化するにつれ、エヴァはテレビ史上でも類を見ない急旋回を見せ、極めて暗い方向へとかじを切る。
怪物との戦闘は影を潜め、登場人物たちの内面世界を舞台にした心理描写へと変貌する。予算削減の影響もあったが、それを逆手に取った大胆な演出だった。物語が一大決戦へ向かうかに見えた展開は、最終的にシンジの潜在意識の中だけで完結する抽象的な結末となり、視聴者の困惑と激しい批判を招いた。
これを受け、1997年には結末を再構築する劇場版が制作され、ファンの怒りすら作品世界に取り込み、サブカルチャーそのものを自己批評するメタ的作品となった。
再生
エヴァンゲリオンは海外ではカルト的な人気を得たが、日本ではもはや文化だ。
「ゴジラ」が戦後日本の核への恐怖を反映したように、エヴァンゲリオンは90年代の現代的不安を映した。登場人物が自らを理解しようと苦悩する姿は、バブル経済崩壊後の日本社会のアイデンティティー危機を象徴していた。
95年には阪神・淡路大震災で6000人以上が犠牲となり、オウム真理教による地下鉄サリン事件も起きた。日本社会全体が崩壊の瀬戸際にあるような年だった。
村上氏は改めてエヴァンゲリオンと日本社会の共通点に言及している。同氏によれば、世界の中で自分の居場所を探し求めることが庵野氏の分身であるシンジを苦しめているが、同じことが日本にとっても越え難い課題だった。
戦争のトラウマをようやく乗り越えたという安堵(あんど)は束の間で、自立した未来を描けないという現実にすぐに直面し、日本は今、自己を持つとはどういうことかという問いの中でもがいていると指摘した。
村上氏がこれを書いたのは2005年だ。しかしその後、エヴァンゲリオンは日本という国そのものと同じように再生を遂げた。07-21年に公開された「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」4部作で、庵野氏は物語を再構築。序盤こそオリジナルの忠実な再現だったが、やがて独自の展開へとかじを切り、より野心的で、商業的成功を収めた。
庵野氏は12年のインタビューで、自らの作品が娯楽であるべきものに過度に依存するオタクを生み出したことへの責任を語っている。「新劇場版」は制作に長い年月を要したが、精神的に安定した庵野氏によるこの結末は、ネット依存のファンダムへの批判であると同時に、初期シリーズよりも希望に満ちた終着点とも受け取れる。
エヴァンゲリオンの特異な点は、オタク文化を象徴するアイテムとしてパチンコ機やマクドナルドのコラボ商品にまで展開されながら、その文化自体をメタ的に批評していることだ。
人造人間やセクシーな少女という典型的なアニメ要素を備えつつ、同時にそれらを解体する。人造人間は恐ろしく、少女たちは魅力的というよりも、むしろ痛々しい存在として描かれる。
アニメは今や日本でも海外でもオタク文化を超えた存在になった。だからこそ、エヴァンゲリオンのように鋭く、かつ広く響く物語を生み出すことは、これまで以上に難しくなっているのかもしれない。だが、庵野氏のこの傑作はこれからも生き続ける。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:30 Years Ago, This Series Changed Anime Forever: Gearoid Reidy(抜粋)
コラムについてのコラムニストへの問い合わせ先:東京 リーディー・ガロウド greidy1@bloomberg.netコラムについてのエディターへの問い合わせ先:Andreea Papuc apapuc1@bloomberg.netもっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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