米国、フランス、日本など主要国で政治的・財政的な不透明感が高まる中、各国通貨に下押し圧力がかかり、投資家の不安が広がっている。

その結果、一部の投資家がドル、ユーロ、円の保有を減らす一方、ビットコインや金、銀の価格が急上昇。投資家がこうした代替資産へより広範にシフトしているのではないかとの見方が浮上している。

ウォール街ではこれを「ディベースメント取引(通貨価値切り下げトレード)」と呼んでいる。これは、英国のヘンリー8世やローマ皇帝ネロが金や銀の硬貨に銅などの安価な金属を混ぜて価値を薄めた歴史的手法に由来する表現だ。この用語は10月のJPモルガンのリポートで紹介されたもので、通貨の価値が下落すると懸念する投資家が避難先を求めているという発想に基づいている。

この動きが現実のものなのかについては懐疑的な見方もあるが、支持する投資家の間では勢いを増しているとの声もある。政府債務が膨らみ続ける中で投資家が直面する構造的な問題を反映しているとみられる。

両替所でドル紙幣を数える作業員

ディベースメント取引とは何か

ディベースメント取引とは、通貨や資産価値の目減りから自らを守るために投資家が取る戦略を指す。具体的には、政治的・財政的なショックに脆弱(ぜいじゃく)な通貨や有価証券を売却し、金などの「安全資産」に資金を移す動きだ。ただし、単なるリスク回避ではない。投資家の一部は、金融・財政政策の影響を受けにくいと見なされる暗号資産(仮想通貨)にも積極的に資金を振り向けている。ボラティリティーの高さを承知の上で保有を増やしているということだ。

支持者によれば、ディベースメント取引は今年に入って勢いを増している。トランプ米大統領が発動した関税政策が経済見通しを曇らせたことがきっかけだった。10月上旬に米政府一部閉鎖への懸念が財政赤字への不安を高めたことで、動きはさらに加速した。主要通貨に対するドルの動向を示す指数は9月に3年ぶりの低水準を付け、年間成績は過去20年で最悪級となる見通しだ。

フランスでは、政治的行き詰まりが深刻化し、国債利回りが上昇するとともに、ユーロに下押し圧力がかかっている。同国では、首相の交代が相次いでいる。

日本では、高市早苗氏が自民党総裁選に勝利したことで、積極的な財政出動を伴う政策が再び意識され、借り入れ拡大への懸念が再燃した。その後、数日間で円は7カ月ぶりの安値に下落した。

一方、金価格は今年に入り約50%上昇し、10月8日には1オンス=4000ドルを上回る過去最高値を記録した。銀も約40年ぶりの高値圏に達している。

なぜ投資家は為替市場を懸念しているのか

世界各国政府は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)期に景気後退を回避するため大規模な借り入れを行った。その資金が経済の中で循環することで財やサービスへの需要が高まり、多くの国でインフレが起こった。

米連邦準備制度理事会(FRB)などの中央銀行は需要を抑え、物価上昇を抑制するために大幅な利上げを実施。こうした措置はおおむね効果を上げたものの、高金利環境は膨らみ続ける債務の利払い負担を重くしている。

現在、米、フランス、日本で政治的な対立が高まり、各国政府が想定以上に債務返済に苦しむのではないかという懸念が強まっている。

また、債務の増大は経済成長にも重荷になる。政府が利払いに多くの資金を充てざるを得なくなることで、景気刺激策に資金を回す余力が減少するためだ。債務返済のために歳出削減を迫られる可能性もあり、それがさらに成長を抑える要因となる。

こうした影響が積み重なる中、これらの国々はより長期にわたって借り入れを続けざるを得ず、結果的に通貨の下落圧力が強まる恐れがある。

金の魅力とは何か

金は古くから「安全資産」と見なされ、不安定な時期にも価値を保ちやすいとされている。供給量や価格が政府や中央銀行の政策に直接左右されにくく、財政・金融政策の影響を受けにくい点が投資家を引き付けている。実物資産として、通貨の購買力がインフレで低下する局面でも、金は価格上昇によって価値を維持しやすい特性を持つ。

ただし、現在の「金ラッシュ」には通貨安懸念だけでない要因もある。世界経済の減速リスクに備えて金を保有する投資家もいれば、今年急伸した人工知能(AI)関連株のブームが反転する可能性に備える動きも見られる。

さらに、各国中央銀行の金需要も上昇している。多くの場合、ドル建て資産を減らしながら金準備を積み増しており、その背景には通貨の「兵器化」への警戒がある。特に、ロシアによるウクライナ侵攻後に米国がドルの国際金融システムでの支配的地位を利用し、ロシアによる国際資金へのアクセスを制限したことが、各国の警戒感を強めたとみられる。

懐疑的な見方とは

いわゆるディベースメント取引の論理には欠陥がある、あるいは実際にそうした動きが起きている証拠は乏しいと主張する投資家もいる。こうした人々は世界の投資家が依然として多額の米国債を保有している点を指摘し、ドル建て資産が敬遠されているわけではないと論じる。

また、米株市場の堅調さを挙げてディベースメント論を過大評価すべきでないと主張する人もいる。海外投資家が米国株を購入するにはドルを買う必要があることから、ドル離れが進んでいるとの見方には疑問が残るとしている。

原題:Why Wall Street Is Obsessing Over Debasement Trades: QuickTake(抜粋)

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