米カリフォルニア州に住むサリー・キムさんは昨年秋、ホルモン性のニキビに悩まされていた。そんな時にエステティシャンが提案したのは、サーモンの精子を使った施術だった。

この施術では、サーモンの精巣と精子から抽出したポリヌクレオチドを配合した製剤リジュランを顔の皮膚に注入する。1-2本の注射器で顔全体に最大で700回注入し、米国での費用は1回当たり500-1000ドル(約7万3700-14万7400円)だ。

注射した箇所が血で赤くなった様子を昨年9月の施術直後にTikTokの動画で公開したキムさん。「人生で最も痛かった」と振り返る。

リジュランを販売する韓国のバイオ製薬会社ファーマリサーチは、肌の水分量や弾力の向上、毛穴の縮小に効果があると説明している。ただし、数日間は腫れや赤みが残り、効果には個人差がある。

キムさんは、施術後の数カ月間は肌が明るく健康的に見え、効果があったと友人に積極的に勧めている。

リジュランの人気爆発に伴い、TikTokには同じような動画が数多く投稿されている。韓国では美容クリニックが1回300-600ドルで提供していたニッチな美容施術だったが、今ではセレブの支持やSNSでの拡散を受け、米国でも流行している。

 

こうした追い風を受け、韓国市場のファーマリサーチの株価は、6月までの1年で3倍以上に上昇。同社によると、過去10年間で、累計1500万本以上の注射器が世界で販売され、欧州や中東、米国での売り上げが伸びている。

「無法地帯」

著名人もブームを後押しした。俳優のジェニファー・アニストンさんは2023年8月、担当のエステティシャンの勧めで試したことを米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)に明かしている。しかし、その原料や効果について疑問を抱いたとも語っていた。

24年7月にはキム・カーダシアンさんも自身の番組で、同様の施術を受けたことを打ち明けた。

この施術は、韓国やシンガポールでは直接注射が認められている。一方、米国では食品医薬品局(FDA)は局所的な使用のみを承認。それにもかかわらず、米国の一部のメディカルスパでは注射の施術を行うほか、規制を回避する代替手法を採用する施設もある。

こうした状況について、コメディアンのジョン・オリバーさんは、医療の「無法地帯」と批判している。

24年に発表された学術レビューは、美容医療におけるポリヌクレオチドの使用について、「肌の弾力や水分量の著しい改善が見られた」とする一方で、「効果が限定的あるいは確認されなかった」とする研究もあるとしている。

カリフォルニア州ビバリーヒルズの形成外科医ガブリエル・チウ氏は、患者からの要望があってもこの施術は提供しないと話す。肌の状態を改善する手段としては、患者自身の血液を皮膚に注入する「ヴァンパイアフェイシャル」など、医学的により確立された他の方法が存在するという。

チウ氏は、サーモンの精子を使った施術について、インターネットでの派手な広告が医学的な判断に勝る典型例で「好奇心」が人気に拍車をかけたと指摘している。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:Korean Salmon Sperm Facials Are America’s New Beauty Obsession(抜粋)

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