日本で個人投資家向け社債(リテール債)の発行が過去最高ペースにある。金利ある時代となり、投資家が運用利回りを追求する姿勢を強める中、発行体の間でも個人マネーを巡る争奪戦が激しくなっている。

ブルームバーグの集計データによると、2025年度は29日時点で約1兆5000億円のリテール債が起債された。過去最高だった昨年度の約2兆4000億円を超える勢いだ。京王電鉄が7月に31年ぶりに発行したほか、29日はイオンが初めて起債。ソフトバンクグループは5月に5年債を利率3.34%で発行し、国債を大きく上回る利回りで投資家を引き付けた。

インフレの定着で日本銀行がさらなる利上げも辞さない中、金利の上昇が顕著になっており、個人にとっては運用益を上げて資産を守る必要性がこれまで以上に増している。伝統的な投資先である株式は8月に過去最高値を更新したものの、春先には急落に見舞われる局面もあった。こうした中、安定した利息が得られる社債の魅力が改めて注目されている。

 

大阪府在住で運輸会社に勤める大田晃司さん(37)は3年前に債券投資を始め、現在、近鉄グループホールディングスなど8社の債券を保有する。「株価は高止まりし、今後も上がり続けるかは不透明」だが、「債券はデフォルト(債務不履行)しない限り金利収入があり、元本も戻る」ことに利点を見いだす。「今後魅力はさらに増す」とみている。

実際、23年2月に楽天グループが発行した2年債(表面利率3.3%)を100万円分購入した投資家は、利払いと元本を合わせて106万6000円を受け取った計算になる。一方、みずほ銀行の2年定期預金の金利は0.325%、同年限の国債利回りも0.8%台にとどまる。

岡山県在住の主婦、高畑恭子さん(37)は昨年、金利上昇を受けて家計を見直し、貯蓄の2割を社債に振り向けた。「株に飛び込むのはリスクが大き過ぎる」とみて、国債より高い利回りと安定収益が得られる社債を選んだという。

発行体も個人マネーを呼び込むため趣向を凝らす。楽天カードはテレビ広告で知られる「楽天カードマン」の名を冠した債券を販売。福井県は県立大恐竜学部棟の建設で発行した債券に、抽選で恐竜グッズが当たる特典を付けた。

京王はグループのホテル宿泊券や共通食事券、包括連携先のプロサッカーチーム「FC東京」のグッズなどが抽選で当たる購入者特典を設けた。資金担当の飯室友規氏は「新たなチャンネルを開拓し、従来とは異なる資金源を確保できた」と話す。発行の目的は「個人との接点構築」だとし、「ファン株主」への転換にも期待すると説明した。

大和総研金融調査部の瀬戸佑基研究員は、新たな少額投資非課税制度(NISA)で「資産形成への意識が高まり、株式を入り口に金利の付く債券投資にも関心が広がっている」と指摘。こうした動きを受けて発行体も個人へのアプローチを強めていると話す。

信用リスク

社債への関心が強まる一方、日本証券業協会は、発行体に対し債券需要を実際以上に見せかけるといった虚偽報告について調べるため、国内外の大手証券9社に質問票を送付したと、事情に詳しい複数の関係者が明らかにした。

千葉商科大学大学院の客員教授で、プライベートクレジットの運用・販売にも携わる大橋俊安氏は、リテール債の増加について「超長期金利の上昇で個人の金利感応度が高まっている」ためだと解説。その上で「高利回りの裏には信用リスクがある。投資家保護のため、金融リテラシー向上に加え、商品の設計や市場慣行、制度の見直しが急務だ」と強調した。

金利の復活で個人マネーは企業や地域を動かす新たな力になりつつある。一方で制度のほころびを放置すれば、市場の信頼を損ないかねない。リテール債市場の持続的な成長には、透明で公正なルールの整備と投資家保護の仕組みが欠かせない。

イオンは初のリテール債に販促特典は付けなかった。年限は7年で、発行利率は年2.025%。財務部の蒲山貴俊氏は、金利上昇とNISA拡大を追い風に需要を見込んだとして、「景品を出さなくても訴求力を確保できると判断した」と話した。

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