マスク着用が人々に与える影響に関する研究分野は、コロナ禍でのその研究の需要の高まりを受けて、近年急速に進展した。

マスク着用の影響は、感染拡大予防効果のような医学的側面から、コミュニケーションの質といった社会心理的側面まで多岐にわたる。コロナ禍を経た研究蓄積をもとに、そのメリットやデメリットを多面的に捉えることは、マスクとのより良い付き合い方を考える機会となるかもしれない。

本稿では、マスク着用のコミュニケーションへの影響を取り上げる。要点を先取りしてお伝えすると、これまでの研究では、マスク着用は個人識別や感情識別、音声識別を難しくする可能性が示唆されている。

マスク着用は個人識別を難しくする可能性がある

マスク着用が個人識別を難しくする可能性を示した研究

マスク着用のコミュニケーションへの影響として、個人識別への影響が挙げられる。

コロナ禍が始まったころ、それまでマスクをしていなかった同僚がマスクを着用し始めた時、誰だか気づくことができなかったことがある人がいるかもしれない。

反対に、コロナ禍でマスクをした状態に見慣れていた同僚が、コロナ禍が明けてマスクを外すと、誰だか分からなかったという経験がある人もいるかもしれない。

このように、マスクの着用は、個人識別を難しくする影響をもたらすことが、様々な研究で確認されている。

例えば、英国住民を対象に行われた実験では、2枚の写真が同一人物かどうかを当てるクイズが行われ、写真の人物がどちらか、もしくは両方マスクをしている場合には、どちらの写真もマスクをしていない場合に比べて、正答することが難しくなることを確認した。

他にも、オンラインで募った参加者を対象に行われた実験では、有名人の顔写真を見て名前を当てるクイズが行われ、マスク着用した写真だと、マスクを着用していない写真と比べて正答率が低いことが確認された。

マスク着用とサングラスではどちらがより個人識別に影響を与えるのかはわかっていない

マスクと同じく顔の一部を隠すサングラスの影響とマスクの影響を比較した研究も報告されている。

マスクもサングラスも顔識別を難しくする影響が見られることは、これまでのいくつかの研究に共通しているが、マスクとサングラスのどちらの影響の方が大きいかについては、まだ一致した見解は得られていないようだ。

英国住民を対象に行われた実験では、サングラスよりもマスクの方が個人識別を難しくする影響の方がやや大きかったと報告されているが、同じく英国住民を対象に行われた別の実験では、サングラスの影響とマスクの影響の差はほとんど見られなかった。

一方、シンガポール系中国人を対象に行われた実験では、マスクよりもサングラスの方が、個人識別を妨げる影響が大きかったことが報告されている。

マスク着用は感情識別を難しくする可能性がある

マスク着用が感情認識に影響する可能性を示した研究

マスクを着用した人を見ると、その人が誰だかわかりにくくなるだけでなく、その人が何を感じているのか分かりにくくなると感じたことがある人もいるのではないだろうか。

これまで多くの研究で、マスク着用は、個人識別のみでなく、感情認識にも影響を与えている可能性があることが示されてきている。

こうした研究は多くの場合、様々な感情を示した顔の画像を用いて行われてきた。マスクをつけた画像とつけていない画像を用意して、それぞれの画像に写る人物の感情を実験参加者に推測してもらう形である。

例えば、日本で大学生を対象に行った実験では、喜びや無表情の状態では、マスク着用による感情推測の正答率への影響はなかったが、悲しみと恐れの表情では、マスク着用によって正答率が下がる傾向が見られた。この研究では、怒りの表情は、マスク着用でより認識されやすくなったことも確認されている。

また、イタリア人を対象にした実験では、通常のマスク着用は、喜び、悲しみ、恐怖の感情認識を低下させる傾向があったが、無表情の読み取りへの影響は確認されなかった。

この研究では、通常のマスクのみでなく、透明のマスクをした場合の影響も検証されており、透明マスクの着用は、通常のマスクとは異なり、感情認識に影響がみられなかったことも報告されている。

他にも、英国住民を対象にした実験では、マスク着用は、怒り、嫌悪、恐怖、喜び、驚きの感情認識を低下させるが、無表情の感情認識には影響を与えなかったことが報告されている。

さらに、英国で大学生を対象とした実験では、嫌悪、喜び、悲しみの感情はマスク着用によって認識が難しくなり、無表情については影響が見られず、怒りや恐怖の感情はマスク着用で認識されやすくなったことが報告されている。

こうしたマスク着用の感情認識への影響の検証では、多くの場合、マスクをつけた顔とマスクをつけていない顔の画像が用いられてきたが、より実態に近い形で、全身の画像や、動画を用いた検証も行われてきている。

例えば、マスクをつけた人とつけていない人の全身画像を利用した実験では、怒り、悲しみ、恐怖の感情については、マスクによる感情認識への影響は確認されなかったが、喜びについての感情認識を低下させる傾向が確認された。

他にも、実際に俳優がマスクをつけて演技をする動画を使った実験では、マスク着用は喜びや悲しみの感情認識を低下させることが確認された研究がある一方、感情認識への影響は確認されなかった研究も報告されている。

マスク着用は感情認識のスピードを遅くする可能性がある

マスクは感情認識の結果に影響を与えるだけでなく、感情認識にかかる時間に影響することを示した研究もある。

オンラインで集めた被験者を対象にした実験では、顔の下半分を隠した場合、嫌悪、恐怖、喜び、悲しみ、驚きを認識しにくくなったが、怒りについてはマスクによって認識しにくくなる傾向は見られなかった。

そして、嫌悪、喜び、悲しみ、驚きについては、マスクを着用していない時と比べて、着用した際には、認識に時間がよりかかるようになったことが報告された。

一方、怒りの認識にかかる時間は、マスクをしない時よりも、マスクをした時の方が、短かった。

他にも、イスラエルの大学生を対象に行われた実験やコソボで行われた実験でも、マスク着用は表情の読み取りの精度だけでなく、スピードに影響を与える可能性があることが確認されている。

マスクとサングラスのどちらがより感情認識に影響を与えるかは感情によって異なる可能性

また、マスクの感情認識への影響をサングラスの影響と比較した研究もある。

英国住民を対象とした実験では、嫌悪、恐怖、喜び、驚きの感情については、サングラスよりもマスクの方が感情認識を低下させる傾向が見られた。

怒りについてはサングラスとマスクの間に影響の違いは見られず、悲しみについては、マスクよりもサングラスの方が、認識を低下させる影響が若干大きかった。

他にも、前項でも紹介した俳優が演技をする動画を用いた研究では、マスクの着用は、喜びと悲しみの感情認識を難しくする影響が見られたが、サングラス着用は、喜びと悲しみのどちらの感情認識への影響も見られなかった。

加えて、韓国で行われた実験では、喜びや驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、無表情については、サングラスを着用した場合よりもマスクを着用した場合に認識が難しくなる程度が大きい傾向が見られた。

一方、恐怖については、マスクよりもサングラスを着用した場合に認識が難しくなる傾向があったことが報告されている。

また、顔の上部半分を隠した画像と下部半分を隠した画像を比較した研究では、顔の下部半分を隠した場合には、嫌悪感、喜び、悲しみの認識が顔の上半分を隠した場合よりも低下する一方、怒りと恐怖については、顔の上半分を隠した場合の方が下半分を隠した場合よりも認識が低下する傾向が見られた。

これらの研究からは、マスクとサングラスの影響は、感情によって異なる可能性がありそうだ。

マスクは多くの場合、感情認識を難しくしているが、怒りの感情の場合など、表情によっては、感情認識を容易にしている可能性があることも報告されている。

これらのマスク着用の感情認識への影響を検証した研究からは、ポジティブな感情の方が、ネガティブな感情よりもマスクによって認識を難しくする影響を受けやすい傾向が指摘されている。

しかし、表情による違いだけでなく、実験に用いた画像の違いや、実験が行われた地域によってマスク着用の影響が異なる可能性も否定できない。

興味深い研究として、日本人は、マスクよりもサングラスの方が感情認識を難しくすると感じているのに対して、米国人は、サングラスよりもマスクの方が感情認識を難しくすると感じている傾向を示したものもある。

マスク着用の感情認識への影響については、影響があること自体は多くの研究で確認されてきているものの、その影響がどのような場合にどの程度普遍性を持つかについては、一致した見解に至っているわけではないようだ。

マスク着用は音声に影響を与えている可能性がある

マスク着用は、口元を隠すことによって、声の聞こえ方や発声にも影響を与える可能性がある。そこで、マスク着用が声にどのような影響を与えているかについても検証がおこなわれてきた。

マスクをした場合としていない場合のスピーチを、音声なしの動画、音声のみ、音声ありの動画の3つに分けて、実験参加者に視聴してもらう実験では、マスクは両唇音(日本語では、ま、み、む、め、も、ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ等)を理解しにくくさせる傾向が確認された。

マスクが両唇音を理解しにくくさせる傾向は、音声ありの動画や音声なしの動画を見た時だけでなく、音のみを聞いた場合にも確認されたため、口元が見えないことによって認識が低下したという影響だけでなく、マスクが両唇音の発声を妨げている可能性が指摘されている。

関連した研究に、16人の実験参加者にそれぞれマスクをした状態としていない状態でスピーチをしてもらい、その音声を分析した研究がある。この研究では、マスク着用は主に子音などの高い音を聞き取りにくくさせる傾向がみられた。

こうしたマスク着用による聞き取りにくさは、聞く人にとってストレスになるだけでなく、より聞き取りやすく話そうとする必要性から、発声者にも影響を与える可能性がある。実際にいくつかの研究で、マスクをすると発声により努力を要するようになる傾向が報告されている。

本項では、個人識別、感情認識、そして、音声といった、直接的にコミュニケーションに関わる要素へのマスクの影響について、コロナ禍を経た研究蓄積から示されてきたことを紹介した。

マスクの影響の程度や、その普遍性についてはまだ確立されているとは言えない状況であるものの、私たちの多くが実感してきたように、マスク着用は、個人識別や感情認識、音声認識を難しくさせる影響があることが報告されてきている。

そして、こうした影響の存在からは、マスク着用は、対面した人々の感情や非言語的やりとりなど、コミュニケーション全体に影響を与える可能性が示唆される。

そこで次稿では、マスクの周りの人々の感情や印象といったより広い意味でのコミュニケーションへの影響について、これまでの研究で示されてきたことを紹介する。

※なお、記事内の注記については掲載の都合上あらかじめ削除させていただいております。ご了承ください

(情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員 岩﨑敬子)