「東京の電車では映像まで見られるのか…」

筆者は地方出身であり、幼い頃から東京という都市に強い憧れを抱いていた。大学進学を機に上京することを夢見ていたのも、その「都会」の空気に自らも染まりたいという思いからである。

ドラマや映画で描かれる高層ビル群や、絶え間なく行き交う人の波は、地方では決して見ることのない、圧倒的な都市の象徴に思えた。

だが、高校生だった筆者が、大学のオープンキャンパスのために初めて東京を訪れたときに、最も印象に残ったのは、そうした景観ではなく、山手線の車内での動画広告だった。

その映像は「トレインチャンネル」と呼ばれるデジタルサイネージで、2002年に山手線のE231系500番台に初めて導入されたものだ。

株式会社ジェイアール東日本企画の『JEKI MEDIA DATA 2022』によれば、JR首都圏全線での1週間あたりの延べ利用者数は1億1,195万人にのぼり、なかでも山手線は3,181万人と、最も多くの人が利用しており、ほぼその全員が視聴者となっている。

満員電車のなか、身動きが取れない状況でも、車内のモニターに流れる天気予報やちょっとした雑学が、ふとした退屈を和らげてくれるし、そうした情報が、日常の中でさりげなく役立っていると感じる人も多いのではないだろうか。

今でこそ、こうしたデジタルサイネージは多くの鉄道会社で導入されているが、当時、地方から来たばかりの高校生だった筆者にとっては驚きでしかなかった。

この体験は、筆者の中で今なお「大都会・東京」の先進性を象徴する記憶として、鮮烈に残っている。

「東京ではタクシーでも映像が流れているのか…」

株式会社CARTA HOLDINGSが2023年に株式会社デジタルインファクトと共同で実施した「デジタルサイネージ広告市場に関する調査」によれば、2023年のデジタルサイネージ広告市場規模は801億円(前年比119%)と推計され、2027年には1,396億円へと拡大する見通しである(2023年比174%)。

なかでも交通機関におけるサイネージ広告は特に大きな割合を占め、2025年には486億円、全体の45.3%に達すると予測されている。

鉄道を中心としたインフラに加え、最近ではタクシーにもデジタルサイネージの導入が進んでいる。

かつてタクシー広告といえば、窓ガラスに貼られたステッカーや助手席後部のリーフレットが中心であったが、現在では“タクシーサイネージ”として新たな訴求メディアに進化している。

筆者も社会人になって以降、タクシーを利用する機会が増えたが、車内で初めて動画広告を目にしたときには、かつて山手線でトレインチャンネルを見たときと同じような驚きを感じた。

タクシーサイネージの先駆的取り組みは、2016年に設立された株式会社IRISによって始まった。

同社は日本交通グループのJapanTaxi株式会社とフリークアウト・ホールディングスの合弁会社であり、「乗車中の体験」に着目した独自開発のデジタルサイネージ端末を通じて、動画広告商品「Tokyo Prime」を展開した。

この取り組みは、2018年6月より日本交通以外の車両にも広がり、2023年10月時点では東京都内25,500台を含む全国32都道府県、合計約67,000台のタクシーにおいて、10インチの高精細ディスプレイによる音声付き動画広告の放映が行われている。