多様な人々にとって「話しやすい場」へ

以上を踏まえると、立ち飲み屋は、「立つこと」、身体間距離、空間設計、そして関係の柔軟性といった複数の要素を通じて、対話の発生と展開を構造的に支援する場として位置づけられる。このように、形式化された対話や事前の合意に依存することなく、偶然の接触を契機として関係が生成される点に、この空間の特異性と魅力がある。

もっとも、こうした空間が常に快適であるとは限らない点には留意が必要である。対人関係における不安傾向や恥ずかしさといった個人的特性は、他者との距離の取り方に影響を及ぼすことが指摘されており、必ずしもすべての客がこの開放性を歓迎するとは限らない。物理的・心理的な距離を一定程度保ちたいと感じる者にとって、立ち飲み屋の環境は過度の緊張や不快感の原因ともなり得る。

ゆえに、立ち飲み屋を「話しやすい空間」として評価する際には、その空間がすべての人にとって等しく快適な場ではないという前提を持つべきである。他者への配慮や距離感への感受性がなければ、場の魅力は特定の客に限定される可能性がある。偶発的な出会いと、自由な選択が両立するような構造が維持されていてこそ、立ち飲み屋は多様な人々にとって「話しやすい場」として機能し続けるのではないだろうか。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 社会研究部 研究員 島田壮一郎)