相互関税の根拠は、各国と米国の「貿易赤字額÷輸入額*100」を半分にしたものだとされる。これをどう考えるか。結局、それでは貿易赤字がなくならず、景気後退とインフレ圧力に苦しむことになる。だから、いずれ貿易赤字を解消するという政策目標は捨てると筆者は予想する。

相互関税の根拠は「大いに疑問」

トランプ大統領の相互関税・自動車関税が、日本に激震を与えている。

特に、相互関税の24%という税率は、全く根拠のないものだという批判は多くの識者から聞かれるところだ。

これも指摘されている点だが、各国の相互関税率は、「各国の対米貿易赤字額÷輸入額*100」をさらに半分にした数字だと言われている。

例えば、日本は対米貿易赤字の比率46%に対して約半分の24%を適用したという理屈である。その合理的根拠はかなり疑わしいと批判される。

この点を敢えて経済学の知見を使って説明すると、以下のように言える。

貿易赤字額÷輸入額の比率は、輸入価格を関税率で+ 1%引き上げるごとに▲2%ほど改善するという前提に立つものだ。

本当にそう考えてよいかどうかは大いに疑問がある。

国際経済学には「マーシャル・ラーナー条件」という考え方があって、為替調整で通貨価値を切り下げると、貿易収支の改善がするかどうかは、輸出入数量と輸出入価格の両者の反応に依存するとされる。

例えば日本において、円安になったとき、輸出数量の増加が少ない一方、輸入価格の上昇が大きくなると、貿易収支が改善しないこともあるという見解だ。

トランプ関税になぞらえて言えば、例えば、相互関税を+ 1%引き上げれば、どのくらい輸出入の数量・価格が変化するかは、国によって異なるという見方ができる。

トランプ大統領の思惑は、日本は+ 1%の関税引き上げで、きっと貿易収支は▲2%ずつ改善するから、+ 24%の関税引き上げをすれば▲46%の貿易赤字比率をゼロまで持っていけると考えているのだろう。

しかし、その反応は、「どの国でも同じなのか?」というのが経済学から反論できる。

経済学では、マーシャル・ラーナー条件は各国で一定ではないことが知られている(タイムラグもある)。

為替レートや関税で輸入価格を引き上げても、貿易収支が思ったほど改善しない国もある(価格変化の弾性値が低いケース)。

何より、相手国が報復関税を発動すると、トランプ大統領の相互関税に対する貿易収支比率の改善幅は確実に落ちるはずだ(弾性値は低下)。

だから、国によってマーシャル・ラーナー条件は異なり、必ずしもそれが満たされない可能性も高く、相互関税は失敗しそうだ。

少しわかりにくい説明をしてしまったが、筆者が伝えたいことは「+1%の相互関税で何%の対米貿易赤字の改善が見込めるかはわからないでしょう?」と言いたいのだ。

致命的な問題点

今、関税率+1%で米国の貿易赤字比率が▲2%ほど改善するという関係性を、基準弾性値と呼ぶことにしよう。

今回、中国には34%の相互関税、EUには20%の相互関税をトランプ大統領はかけている。もしも、中国の弾性値が基準弾性値2%よりも大きく▲3%で、EUの弾性値が▲1%と小さかったとしよう。

このとき、中国に対する相互関税は厳しすぎて、EUの相互関税は緩すぎる可能性がある。中国の対米貿易黒字は減って、EUのは増える結果をもたらすだろう。そして、中国とEUの合計の対米貿易黒字は減らない可能性もある。

もしも、中国が対米輸出を維持しようとするのならば、EUに工場を移転したり、迂回輸出を試みるだろう。これは飽くまで仮設例である。

同様に日本企業が、ベトナム(相互関税46%)やマレーシア(同24%)の日本の現地工場から対米輸出をすることで、相対的に重くなる関税率をすり抜けることができるかもしれない。

また、米国の貿易赤字全体は、米国の需要と供給のバランスで決まるという考え方もある(アブソープション・アプローチ)。

つまり、米国の消費需要が30兆ドルで、米国で生産する消費財・サービスの供給が28兆ドルだったとき、供給不足の2兆ドルは輸入超過(=貿易赤字)として海外から供給される。

そうなると、いくら中国との貿易赤字を削減しようとしても、他の国々との貿易赤字が拡大して、米国全体の貿易赤字は不変になる可能性が高い。

それでも米国のマクロの貿易赤字を減らそうとすれば、自国の需要が落ち込むくらいの強烈な相互関税をかけて景気悪化を促すしかない。

実際、トランプ大統領の相互関税で、米株価が急落しているのは、そうした心配が現実味を帯びているからだ。

アブソープション・アプローチに依拠して、貿易赤字を均衡させようとすれば、強烈な消費増税等で米国景気を悪化させ、消費支出のサイズを米国の供給能力まで絞り込まなくてはいけない。

筆者は、この点において「トランプ関税は必ず失敗に終わる」と冷ややかに評価している。

弾力性アプローチ 貿易収支を決定する要因として、為替レートの効果もある。

貿易収支などの対外収支は、為替レートの強い影響を受けるという考え方を「弾力性アプローチ」と呼ぶ。

もしも、トランプ大統領が為替レートを使って、貿易赤字をゼロにしようとするのならば、米国の通貨ドルを強烈に切り下げる必要がある。

ドルの切り下げを実行する政策的手段は必ずしも明確に決まってはいないが、理屈から言えばFRBが大幅な利下げをして、日銀とECBが大幅な利上げをすることになるだろう。

協調介入で、日本とEUがドル売り・自国通貨買いをする方法もある。

いずれにしても、かつてのプラザ合意を再現する挑戦をするかもしれないという思惑を感じざるを得ない。

筆者は、関税引き上げを使って米国の貿易赤字を解消できなければ、その次は為替調整を試みるのではないかと、強く警戒している。

トランプ政策のジレンマ

今は、貿易赤字の解消を、トランプ政策の最優先順位に置いて考えてきた。しかし、その弊害は大きい。

上記のように、相互関税がうまく貿易赤字を解消できなければ、ドル安誘導に動く可能性があると考えられる。

もしも、強烈なドル安を実行すれば、米国はインフレに陥る可能性がある。

特に、FRB が大幅な利下げをすれば、インフレのリスクはかなり高まるだろう。

つまり、政策目標として、①貿易赤字の解消を優先するか、②景気悪化+インフレ圧力の高まりを容認するか、というジレンマが生じるのだ。

おそらく、相互関税をこのまま引き上げ続けると、コストプッシュ要因で物価上昇が進み、米国消費を減少させることも十分にある。

これは景気後退リスクだ。

言い方を変えれば、貿易赤字の解消という政策目標を完全に捨てれば、このジレンマからうまく逃れられる。

筆者は、2025年中のどこかでトランプ大統領は貿易赤字の解消という目標の優先順位を引き下げて、トランプ関税の中断・修正に動くのではないかとみている。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野英生)