日本企業の事情:人的資本経営と労働供給制約
では、日本企業は今後どのような対応を取るべきか。そもそも日本は、米国と異なり深刻な労働供給制約に直面している。少子高齢化により人材確保が困難となる中で、「場所に縛られない働き方」は、重要な採用・定着戦略のひとつとなっている。また、人的資本経営の観点からも、「働きがい」「柔軟な働き方」は従業員エンゲージメント向上の重要な要素である。もし仮に日本企業が出社を強制するようになれば、それは逆に人材の流出や士気の低下を招きかねない。さらに、日本では、通勤時の混雑からの開放、育児・介護等との両立、硬直的な時間管理からの脱却、地方活性化という観点からも、リモート勤務は引き続き価値を有する。よって、「出社かリモートか」という二者択一でなく、職務特性、従業員の希望、業務効率といった要素を柔軟に組み合わせたハイブリッド設計に基づき、従業員のニーズや意向を極力酌みつつ生産性を維持向上させるような、現実的かつ戦略的な対応が求められるだろう。もっとも、これは既に多くの企業で実践されていると考えられる。
出社の意味の再定義
もちろん、「出社」にも価値はある。特に新人・転入者向け研修やチームビルディング、メンタリングと指導、重要顧客とのミーティングなど、リアルな空間が効果を発揮する局面も多い。であるからこそ、形式的な出社義務ではなく、「何のために出社するのか」を再定義することが必要だと考える。
結論として、米国の一部企業の出社回帰の動きは、あくまで限定的な事例と捉え、これをもって「世界的な潮流(だから我が社も)」とするのは早計である。日本企業にとっては人的資本経営や労働供給制約という構造的に不可避な条件を踏まえて対策を講じていく必要がある。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員 小原一隆)