米国は常に貿易赤字国
ここまでの説明で、貿易収支に関して、為替レートの影響が強く関係していることがわかるだろう。本来は、米国は巨大な貿易赤字がドル安によって是正されてもしかるべきだ。しかし、現実はそうではなく、恒常的な貿易赤字になっている。
それは、なぜなのだろうか。「貿易赤字→ドル安」という発想を逆転させて考えて、ドルが高すぎるから貿易赤字なのだと考えることはできないだろうか。つまり、ドルが高いから輸入価格が下がって、輸出価格が上がる。ドル高のとき、日本に輸出する米国製自動車の円建て価格は上昇して売れにくくなる。輸出数量が伸びにくくなるということだ。貿易収支は、輸出数量が減って、輸入数量が増えるから、貿易赤字化する。
では、なぜ、ドル高傾向が継続するのかと言えば、それは米国の成長力が高いからだ。つまり、米国はドルの金利水準が高くてもやっていける。米国の製造業は、GDPのシェアが僅か10%である。農業に至っては1.1%しかない。むしろ、大宗を占めるのはサービス業である。このサービス業は、生産性が高い。そのために潜在成長率=自然利子率も高くなる。中央銀行(FRB)の政策金利も他の中央銀行よりも高くなって、継続的にドルに資金流入が起こる。だから、ドル高なのだ。非貿易財=サービスの生産性(競争力)が強いために、潜在成長率も高くなる。これは、裏返しの関係として、日本の潜在成長率が低く、低金利=円安になっていることの説明としても使える。
トランプ大統領が問題視する貿易赤字は、ドル高の結果として起こっている。そのドル高は国内の生産性の高さによって、投資資金などが流入してくるためだと解釈される。米国は貿易赤字だから不健康だと考えるのではなく、健康すぎてドル高になるから、輸入超過になる。国内需要-国内供給=需要超過の部分が、海外からの供給(貿易赤字)になる。こうした状況なのだから、「貿易赤字は悪だ」と考えてはいけない。
もしも、「ドル高が問題だ」というのならば、ドルを切り下げるために中央銀行が利下げをする手はある。しかし、そうすると米国経済は過剰な利下げでインフレ傾向が強まってしまう。
逆に、米経済の強さを失わせるために、中央銀行が景気悪化が深刻化するくらいに利上げをして、国内需要を冷え込ませる手はある。そうすれば貿易赤字はなくなるだろう。しかし、それは誰も歓迎しない結果を招くだろう。
結論として、大国である米国についても、ルクセンブルグと同じ理屈だと言える。国内のほとんどの生産能力(資本・労働)は製造業以外に充てられて、米国は高い成長を遂げている。リカードの比較優位説の通りの原理で高い生産性を上げているが、輸入の恩恵であることを忘れてはいけない。貿易赤字が問題だから、輸入を減らせというのならば、それは米国経済が貿易のメリットを受けている現状を完全に見失っていることになる。
トランプ大統領は、対米投資を増やすための口実として貿易赤字を問題視しているに過ぎず、それを是正する関税強化を実行したところで、ドル高の構造は何にも変わらない。米国経済は健全なのだから、貿易赤字だけを問題視するのは、おかしなことに見える。
(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生)