トランプ大統領は、自国の貿易赤字を過剰に問題視する。輸入を減らせば、米国経済が良くなるという発想が間違っていることを説明するのは、それほど簡単ではない。私たちが輸入品を買うのは、それが優れているからであり、米国が優れた輸入品を使って生産をするとき、GDPは増えていくはずだ。
誤解されやすい算式
トランプ大統領は、貿易赤字を「目の敵」にしている。輸入相手国が黒字ならば(=米国が赤字ならば)、各国にいわゆるトランプ関税をかけると息巻いている。逆に、オーストラリアは対米貿易赤字なので、鉄鋼・アルミ関税の適用免除が検討されているという。貿易赤字になっていることがどれほど害悪なのだろうか。
実は、この疑問に答えるのは、それほど簡単ではない。多くの人が誤解しているし、エコノミストなど専門家でも発想の罠に引っ掛かる人がいる。本稿では、この「案外難しい説明」を可能な限りわかりやすく説明することを心がけたいと思っている。
まず、「貿易収支=輸出-輸入」という算式で求められることに注意したい。この「-(マイナス)輸入」の式から悪い先入観が生じている。「輸入は損だ」という連想である。同じことがGDP統計でも言えて、「成長率=内需の成長率+外需の成長率」となっていて、輸入が伸びるほどに外需の成長率(=「輸出-輸入」の伸び率)が下がる算式になっている。
思考実験として、貿易収支=輸出-輸入を、利益=売上-コストと置き換えて考えてみよう。輸出=売上で、輸入=コストならば、コストカットによって利益が増えることは自明に思える。
しかし、ここで既存の仕入先に10%のトランプ関税をかけたとすると、多くの人が次第に間違いに気が付き始める。
利益=売上-1.1×コスト
多くの人は、「これは利益を減らすことになりはしないか?」と考える。当然、コストアップの分、企業は価格転嫁をしなければ、利益は減ってしまう。今、ここでコストが海外事業者からの仕入だったとする。米国自動車メーカーが、日本の部品メーカーから日本製部品を買っていたという想定はわかりやすいと思う。トランプ大統領の言い分は、日本製部品に10%課税すれば、代わりに課税されない米国製部品が供給されて、コストアップを避けられるという理屈だ。
しかし、米国自動車メーカーの購買担当者は、日本製部品を使わずに、米国製部品にすると、完成車の性能が落ちるから嫌だと主張するだろう。米国製部品だけで生産した完成車は、性能が悪くなって売上を減らし、利益を損なうことにつながりかねない。日本製部品を使用すること=輸入増加は、利益=GDPを増やしていると理解できる。
現在買っている輸入品は、購買担当者からみて最も品質が高い(=価格が安い)から使用しているのである。それを品質の低い(=価格が高い)自国製品に置き換えると、利益は減ってしまうのである。
つまり、算式には出てこないが、輸入品(の品質)は売上を増やす効果を生んでいて、その結果、企業収益を嵩上げしているのである。10%の輸入関税をかけると、輸入が減って同時に売上もより減る可能性があるのだ。その結果、利益も減る。
引き算の算式に表れて来ないのは、自由競争の中で企業が品質の高い輸入品を選んで、売上を増やしているという活動なのだ。
利益=売上(輸入の関数)-輸入
となる。売上と輸入は独立した変数ではなく、互いに影響し合っている変数なのだ。売上は、輸入するものの品質によって、増加する輸入の関数とみることができる。自由貿易を通じて、海外から品質の高い輸入品を調達することは、その国の成長を促し、国民を豊かにする。結果的に、貿易赤字になっても、国民所得が増えればよいという考え方ができる。
逆に、供給される部品をすべて国産品で賄おうとすれば、完成品の品質が高めにくくなり、輸出もしにくくなる。貿易赤字はなくなるが、GDPは増えにくくなる。開発経済学では、いくつかの途上国が輸入代替化の政策を推進し、成長できなかったという教訓がある。この輸入代替は、保護主義と結びつきやすく、非効率の温床をつくる。トランプ関税は、保護主義の変形に過ぎない。