小国の貿易理論

「輸入するとGDPが増えるのか?」といぶかしく思う人は多いだろう。この点はちょっと解説が必要だ。

世界中で最も豊かな国はどこだろうか。日本生産性本部の国際比較データで、国民1人当たり名目GDPが世界1位なのはルクセンブルグである。2023年143,527ドル(<1,357万円>購買力平価換算)と、日本の50,276ドル(476万円26位)を大きく上回る。ルクセンブルグは、なんと継続的な貿易赤字国である。主要産業は金融である。経済全体では、67万人の総人口を儲かる仕事に振り向けて、製造業のGDP比は僅か5%である(日本は20%)。必要な工業製品、農産物は海外から輸入して、得意な金融などサービス業に特化している。そのため、貿易収支は赤字であるが、1人当たり所得は飛躍的に高い。高所得国には資源国も少なくないが、ルクセンブルグはそうした国ではない。金融という得意分野で稼ぐことで、高所得を実現している。

ほかにも、1人当たり所得が高く、貿易の恩恵を多大に受けている小国はいくつかある。香港、シンガポール、デンマーク、アイルランド、ベルギーなどがある。香港は、常に貿易赤字であるが、高所得国を実現している。その点で、ルクセンブルグに似ている。

この小国のモデルは、日本国内の東京都の位置づけにも似ている。東京都は、47都道府県で突出して高所得地域である。自ら製造をせず、域外からの輸入で食料・エネルギーを賄っている。まさしく域外との交易を通じて、サービス業などに特化している地域だ。そこに集積効果も加わって、高い生産性が実現されているのだ。

この小国が生産性を高められる理屈を説明するのが、比較優位説である。200年前に経済学者デビッド・リカードが唱えた。労働力など限られた資源を得意分野に集中投入して、そこで得た収入で、生活必需品を輸入すれば、自給自足でなくても生きていける。製造業が得意な国は、それに特化してモノづくりで増やした生産物を輸出すればよい。特化することで高まった生産力が、生産しない農産物などを購入する原資になる。

貿易赤字は為替調整でリバランス

比較優位説のわかりにくさは、製造業も農業も、どの産業も競争力が他国よりも低い国はどうやって生き抜けばよいかという疑問に対する答えが明快ではない点だ。全科目が不得意の国は生きていけないと感じてしまう。

例えば、北朝鮮は農業国であるが、製造業だけでなく、農業の生産性も日本に劣る場合を仮定してみよう(世界にはこの2国しかない仮定)。日本は農業よりも製造業の方が生産性が高い。その場合、日本は相対的に生産性が高い製造業に特化して、農産物は北朝鮮から輸入することにする。北朝鮮では農業の生産性が相対的に高い。日本は、農産物については北朝鮮からの輸入に依存する(北朝鮮の工業製品はすべて日本から輸入)。つまり、日本・北朝鮮がともに相対的に生産性が高い品目に生産を特化して、比較劣位にある貿易財は国産とせずに輸入で賄う。

こうして生産を比較優位にある品目だけに絞って、互いに貿易で輸出し合うと、Win-Winの関係ができる。製造業と農業がともに生産性が低い北朝鮮も、相対的に生産性が優位にある農業の方の生産を増やして生きていける。比較優位とは、相対的に生産性の高い品目=比較優位のある品目を貿易で輸出することで、両国を合算した場合の生産性を高めるという原理なのだ。

比較優位に基づく貿易によって、北朝鮮は貿易赤字、日本は貿易黒字になるとする。しかし、その後、北朝鮮は為替レート(ウォン)が安くなり、日本は為替レートが高くなる。貿易赤字(輸入超過)のときは、ウォンの支払いが増えるので、円買い・ウォン売りになる。ウォン安になると、北朝鮮の農業輸出はさらに増えて、貿易赤字は解消されていく。為替の作用は、比較優位のある産業(=北朝鮮の農業)の競争条件を高めることになる。貿易収支は、為替の作用でリバランスされることになる。