記事のポイント
・「米国1強」の背景にある動きは何か
・金融政策の波及効果(スピルオーバー)を引き起こすチャネルを理解
・金融危機後のデフレ局面では、波及効果が金融緩和競争に発展した
・コロナ後のインフレ局面では「金融引き締め競争」の後に格差拡大
・格差拡大によってマネーフローが変化し、米経済を強化した
・「マネーフロー・チャネル」が重要な状況では「深追いは禁物」
「米国1強」の背景にある動きは何か
24年は米国経済がリセッションに向かうことはなさそうであることが明らかとなった。もっとも、大幅に利上げをしてもなぜリセッションに向かわなかったのか(それどころか成長率は若干加速した)についての解釈はコンセンサスが得られていないように思われる。ここで、「米経済がすごいから」と思考停止するのではなく、なぜ強いのかを深く考えていくことが、25年の経済・市場見通しを予想する上で重要だろう。
筆者は、利上げをしたにもかかわらず米経済がそれを跳ね返したというよりも、利上げをしたことがかえって米経済を強くしたとみている。むろん、利上げをしたこと自体は米経済にとってマイナスに作用すると考えるのが自然だろう。しかし、金融チャネルを通じたグローバルなパスまで考えると、そうとも限らない。すなわち、波及効果(スピルオーバー)や跳ね返り効果(スピルバック)まで考慮することが重要である。
金融政策の波及効果(スピルオーバー)を引き起こすチャネルを理解する必要
まずは、金融政策の波及効果(スピルオーバー)について整理する。この重要性については元インド中銀総裁でシカゴ大学経営大学院教授のラグラム・ラジャン氏が主張しているので、ラジャン氏の近著「苦悶する中央銀行」から、以下にいくつか引用する。ラジャン氏は金融危機後に各国・各地域の中央銀行(特にFRB)が非伝統的政策を導入した結果、金融政策が他国に波及し、問題が発生しやすくなっていると主張している。
「中央銀行が手を出せば出すほど、期待されることが増し、実際に実行された」
「救済に関して少しでも非があるとすれば、おそらくそれは中央銀行が行った修復がある意味あまりにも巧妙すぎたことだろう」
「肝心なのは、市場や制度の修復から価格やインフレ期待の変更へと移行する非伝統的金融政策は、闇への一歩になりかねないということだ」
「もちろん、中央銀行総裁は、政策金利を変更することで資産価格を変化させ、インフレ期待を変えることが彼らの本業であると主張することもできよう。ただし、非伝統的な政策は別の諸チャネルを通じて機能することも想定される」
「ほとんどの中央銀行の国内の使命(マンデート)については、国外への有害な波及効果(スピルオーバー)を全面的に考慮することは法的に認められておらず、国内に幾ばくかでもプラスの効果がある限り、おそらく積極的な政策の実施を余儀なくされるであろう」
「肝心なのは、ある政策が『金融政策』や『非伝統的政策』などと銘打たれていたとしても、それが世界にとってネットで有益であるとは限らないということだ」
「すべての金融政策に波及効果(スピルオーバー)があるが、すべてが正当化されるわけではない」
ラジャン氏は、金融政策の波及効果の影響が(故意かどうかは別として)過小評価されていることに警鐘を鳴らしている。「苦悶する中央銀行」では具体的な波及効果について以下の4つが挙げられている。このうち、グローバルな波及効果として影響が最も大きいのは「為替レートチャネル」だろう。
・金利チャネル:中央銀行が金利を通じて消費、貯蓄、投資の意思決定に影響を与える経路
・資産価格チャネル:中央銀行が金利を通じて資産価格、ひいては家計の富とリスク許容度を変更することを目的とする経路
・信用チャネル:中央銀行が企業や銀行のバランスシートの評価に影響を与え、それによって信用量を変更する経路
・為替レートチャネル:中央銀行が為替レートに影響を与える経路