私が犯した不正取引が金融システムを揺るがし、英最古の名門投資銀行ベアリングズを破綻させてから、今年2月で30年になる。ベアリングズの経営陣やコンプライアンスチームがすぐ近くで監視していながら、10億ドル(現在のレートで約1540億円)もの損失を積み上げた私は、あり地獄から這(は)い上がろうと、莫大(ばくだい)な額の銀行資金を埋め合わせに流用した。そのたくらみが限界に達したのが28歳の誕生日の翌日。ベアリングズは債務超過を宣言し、私は逮捕を逃れるために勤務地シンガポールから逃亡した。

逃亡もむなしく私は逮捕され、6年半の実刑判決を受けた。罪を犯し、刑期を終え、最終的に自分の過ちから教訓を得た私は懲りている。ただしシティー全体にも同じ事が言えるのかどうかは別の話だ。オーストラリアの投資銀行マッコーリー・グループで最近、トレーダーのトラビス・クライン氏が損失を隠すために426件もの架空取引を記録していたことが発覚し、マッコーリーは多額の罰金を英金融行動監視機構(FCA)に科された。あらゆる市場参加者が耳を疑うようなニュースだった。(マッコーリーは声明で罰金を認め、未承認の取引は顧客や市場に影響を与えず、同行も他の当事者もこれによって金銭的な利益を直接得ていないと言明している)

多くの物事が変化すれば、その分変わらないものも増える。

私のケースはブラックスワン的な出来事であると同時に、今後同様の事態を防ぐために、規模や所在地に関わらずすべての銀行や商社があらゆるレベルで財務上のリスクや取引活動を厳しく精査するべき理由と見なされた。

私が有罪判決を受けた瞬間から、その兆候はあったが、私以外のベアリングズ社員は誰も刑事司法制度の対象とはならなかった。もちろん損失を出したのは私だが、コンプライアンスとリスクの管理部署や経営陣が怠慢でなければ、これほど長い間真実を隠し通すことも、これほどの損害を銀行に与えることもできなかったはずだ。(イングランド銀行による当時の調査では、取引に加えて経営の不備とイングランド銀行自身による監督不行き届きが指摘されている)

マッコーリーという著名な一流企業で金属やバルク商品を扱うトレーダーが、数字を改ざんし、巨額の損失を上司の目から隠していた。この事実が声を大にして訴えるのは、預金者や投資家、経済全体を守る措置がとうてい足りていないということだ。トレーダーの行動を監視するさまざまなテクノロジーが利用可能であり、最新の市場監督ツールに銀行が多額を費やし、ポスト信用危機の規制範囲と影響力を当局が高らかに宣言しているにもかかわらず、ならず者トレーダーは何カ月、いや何年もの間、罪に問われることなく活動できている。

クライン氏が引き起こした不運な出来事は、マッコーリーに約5800万ドルの損失をもたらしたとFCAは推計している。最悪の場合、損失額はさらに膨れ上がり、株主やステークホールダーにさらに大きな打撃を与えかねなかった。「重大な不手際」に対する1300万ポンド(約25億円)の罰金は、銀行にとってはたかが知れているが、信望への打撃ははるかに大きくなり得る。

マッコーリーが制裁を受けた週に、英議会はFCAに関する358ページにわたる報告書を発表した。消費者と投資家の保護においてFCA自身が認める不手際を指摘し「良く言っても無能、悪く言えば不誠実」と表現した。(FCAの報道官はこの報告書の結論を断固否定している)

マッコーリーの落ち度を何倍にも増幅したのは、同行の内部統制不備に対して無気力なFCAの姿勢だった。FCAは同行にもっと重い罰金を科すとともに、ならず者トレーダーを監督すべき経営幹部への罰則を強化する必要がある。そうすることによって、規制とコンプライアンスを嘲笑し甘く見ている経営陣や取締役会メンバーらに対して、意味のある抑止措置を作らなくてはならない。

426件もの架空取引がこれほどあっけなく簡単にすり抜けてしまうのであれば、秩序を維持するために必要なのは新たな規則やツールではない。すでに規制が要求している基準に従って、コンプライアンス部門が単に徹底的に仕事をこなすことだ。銀行は架空取引や粉飾会計を見極める上で、人間の欠点を克服した人工知能(AI)ツールを開発すべきだ。

危険性は確実に高まっている。詐欺師とまではいかなくとも、ペテン師がはびこる暗号資産(仮想通貨)業界は、さらに主流に食い込もうとしている。金融システムはもう、私が引き起こしたような大惨事を再び経験する必要はないはずだ。しかしマッコーリーの例が示すように、そして遅かれ早かれ他の銀行でも同様のことが起こるだろうが、教訓は学ばれず、警鐘は鳴らされていない。コンプライアンスとリスク管理が利益と同じように尊重されるようになるまで、市場はリスクにさらされ続けるだろう。

(ニック・リーソン氏は不正取引の罪で服務した後、文筆業や講演活動を行ってます。このコラムの内容は必ずしもブルームバーグ・エル・ピー編集部の意見を反映するものではありません)

原題:The Original Rogue Trader’s Lament: Nick Leeson(抜粋)

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