中国の60%関税は日本のためにもならず

中国に対して、米国が輸入品に60%もの関税率をかけることはどうだろうか。2023年の輸入額は4,272億ドル(65兆円)である。ここに60%の関税率の上乗せが行われれば、さすがに米国向けの輸出数量は落ちるだろう。中国経済にも大打撃になろう。

2017~2019年にも当時のトランプ政権が、おおむね4回に分けて10~25%の関税率を適用した経験がある。米中貿易戦争と言われた。当時の中国はまだ6%成長で体力が十分にあった。現在は4%台まで成長率が落ちている。中国経済には以前よりも遙かに大きなマイナス効果が及ぶ。そうすると、日本から中国への輸出数量が落ちる。

また、日本企業の中には中国で現地生産を行って、そこから米国などに輸出している例も少なくない。60%の関税率はそうした日本企業にも打撃になる。生産基地としての中国の地位は低下する。中国などに海外展開する日本企業には予想外のダメージになるだろう。そうした企業の業績を悪化させ、株価にも悪影響を及ぼす可能性が高い。

この問題は日本企業に留まらない。中国で現地生産を行う日本以外の先進国の企業も、中国での生産活動を不利化させる。極端なことを言えば、中国の現地企業を撤退させる動きに拍車をかける可能性すらある。直接投資の減少に苦しんでいる中国には大きなマイナスである。

メキシコへの関税問題も、全く同様にメキシコなどで現地生産をしている日本企業にも及ぶ。トランプ氏はメキシコからの輸入品にも関税をかけようとしている。現状、メキシコ、カナダ、米国はUSMCAを組んで、自由貿易圏を築いている。その体制がトランプ関税によって破壊されて、現地生産のメリットが失われる。このUSMCAは、以前のNAFTAに比べて現産地規則が厳格化されている。それを無視して一気に最恵国待遇を取り去って、関税をかけるのはかなり暴力的に思える。

米国に工場をつくれば解決か?

トランプ氏は、関税問題を軽く考えている。貿易相手国の企業のことはほとんど眼中にない。例えば、日本の自動車メーカーは、日本からの輸出やメキシコの現地生産を停止して、米国内で現地工場を作ればよいというのか。米国には雇用が生まれるが、日本の輸出企業はそれによって日本での生産水準が落ちる。現地生産化によって、国内工場を閉鎖すれば、雇用リストラが起こる。償却負担も大きい。何より、米国で生産することの経済合理性は低いかもしれない。米国の人件費は日本以上に高騰し、現地生産コストは決して低くないからだ。

日本にとって、米国が保護主義に走ることは産業空洞化の圧力を生じさせる。円安により国内からの輸出拡大が有利になるメリットも、ますます乏しくなる。トランプ氏はそうした貿易相手国側の痛みに対して、驚くほどに無関心である。

石破首相は、トランプ氏のそうした対応が、日本企業の自由な活動に対して大きな驚異になっていることを自覚して、米国に言うべきことは言っていくことが大切だ。対等な立場で経済外交を進めてほしい。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生)