(ブルームバーグ):5日の米国大統領選で共和党のトランプ前大統領が勝利した場合、日本の金融市場ではドル買い・円売り、株買いが最初の反応になり、民主党のハリス副大統領が当選すれば円買いが進むとみられている。
ただ、市場への影響は議会選挙の結果によっても大きく変わるため多くのシナリオが考えられるほか、選挙結果そのものを巡って混乱が広がる場合には相場のボラティリティーが高まる恐れもある。ソシエテ・ジェネラルは開票結果の発表に円相場が「激しく」反応し、1ドル=140円から160円の間で変動するリスクがあるとみている。
米国で開票が進む間、規模と流動性のある日本市場の動きはとりわけ注目される。アジアの取引時間帯はドル円相場に対する注意が続きそうだ。

市場関係者の見方をまとめると、トランプ氏が勝てば同氏が主張する法人税減税や規制緩和が景気と企業利益を押し上げると期待され、為替市場ではドル買いが強まる見通し。同時に株式市場では米国へのエクスポージャーが大きい企業の株価が上昇する可能性がある。自動車や電機など輸出セクターだ。
しかし、トランプ氏は新たな関税の導入も政策の柱に掲げており、景気の先行き不透明感が徐々に高まって株高は短期で終わるかもしれない。市場は既にトランプ氏勝利の可能性を相当織り込んだとの指摘もあり、2016年の大統領選後に起きたトランプラリーの再現は期待しにくい状況だ。
一方、与党民主党のハリス氏が勝つとバイデン政権の経済政策を継承する見通しで、米経済が軟着陸に向かうとの見方が標準的なシナリオになる。連邦準備制度理事会(FRB)の緩やかな利下げ継続、日米金利差の縮小で為替は円高に振れ、日本株にはややネガティブとの見方が多い。トランプ氏が以前実施した法人税率引き下げの巻き戻しをハリス氏が目指していることも、株価の下押し要因になりそうだ。
各種世論調査によると、大統領選は接戦だ。そうした中でも、選挙結果の予測市場であるポリマーケットの値動きやトランプ氏が立ち上げたソーシャルメディアプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」を提供するトランプ・メディア・アンド・テクノロジー・グループ株の上昇、最近のドルや米長期金利の上昇を見る限り、一部の投資家はトランプ氏勝利を見込んだ取引を既に行っている可能性が高い。

1ドル=160円
ドル・円相場は10月最終週に3カ月ぶりの高値となる1ドル=153円88銭まで上昇した。仏銀クレディ・アグリコルやみずほ銀行のストラテジストは、トランプ氏が返り咲いた場合、ドルは160円程度まで上昇(円が下落)すると予想している。7月初旬に付けた38年ぶりのドル高・円安水準である161円95銭に迫る水準だ。
一方、ハリス氏勝利なら経済政策は現状維持となり、米経済のソフトランディングを目指す公算が大きい。インフレが急加速する場合を除いて米当局には利下げを継続する道が開かれ、金利格差が縮小する円は押し上げられる可能性が高い。
ソシエテのG10為替戦略責任者、キット・ジャックス氏は、ドル円相場の動きは米国債市場次第だとみる。トランプ氏勝利で一段と拡張的な財政政策がとられ、国債増発とインフレを招くリスクから過去数週間に米国債は売られていると、ジャックス氏は指摘した。
「米国債市場のセンチメントは現時点で極めて弱気だ。それが反発すれば、円相場への影響も極めて大きくなるだろう」とジャックス氏はブルームバーグ・テレビジョンとのインタビューで述べ、そのようなシナリオが起きれば、円は対ドルで年初来高値付近の140円へと上昇する可能性があると予想した。
また、野村証券の後藤祐二朗チーフ為替ストラテジストは「ハリス候補の逆転勝利となれば、市場は金利低下・ドル安で反応し、1ドル=150円割れを試しにいく展開が予想される」とリポートに記述。トランプ氏が勝利して共和党が上下両院を支配する「レッド・スウィープ」が実現に向かえば、ドル・円は155円超えを試すシナリオで、日本の通貨当局の口先介入などが注目されるとの見方を示した。
デリバティブ取引の一つで、オプションから算出されるドル・円の予想変動率(インプライドボラティリティー)は1週間物で18%に上昇し、8月初旬来の高水準に達した。

クレディ・アグリコルは円相場について、トランプ氏が勝利すればネガティブ、ハリス氏勝利ならポジティブとみており、トランプ氏の関税が日本にとってダブルパンチになると警戒している。
トランプ関税
トランプ氏は中国からの輸入品に60%の関税を課し、それ以外の国には一律10-20%をかける考えを示している。対中関税は既に停滞している中国景気のさらなる下押し要因となりかねず、日本にとって最大の輸出相手国である中国の景気減速が日本企業に与える影響は無視できない。
中国以外にも関税を課し、各国が報復関税に踏み切れば世界景気への影響は計り知れず、海外展開を加速する日本の自動車や電機、機械企業は大きな打撃を被ることになる。独アリアンツ・グローバル・インベスターズのポートフォリオマネジャー、ステファン・リットナー氏は「日本のアセットにとっては関税が重大なリスク」と語る。
UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメントの小林千紗日本株ストラテジストは、「トランプ関税」の発動リスクが高まった場合に日本株への深刻な影響を警戒する一人。18年にトランプ氏の対中関税実施で米中貿易摩擦が激化した際、「中国へのエクスポージャーに関係なく、ほぼ全ての日本株が売られた」と同氏は指摘する。実際、同年に東証33業種は電気・ガスを除く32業種が下げた。
事前の織り込み
そもそも、トランプ氏の勝利で株高が起きても長続きしないとの見方もある。トランプ氏勝利が市場関係者にとって想定外だった16年とは異なり、民主党候補がバイデン大統領からハリス氏に代わる前からトランプ氏優勢のシナリオは徐々に相場で消化されてきたためだ。
16年の大統領選直後、アジア市場ではトランプ氏の貿易政策への懸念や政策全般への不透明感から株価は一時急落。リスク回避による円買いも進んだが、すぐに同氏の減税や規制緩和への期待感から相場は反転し、大幅な株高とドル高・円安、長期金利の上昇をもたらした。

ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズの駱正彦シニアストラテジストは、足元では米長期金利が約60-70ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)既に上昇していると指摘。16年の選挙後の70-80bp程度の上昇と比べ「かなり前倒しでトランプトレードが行われた」可能性があり、トランプ氏が勝利しても株高・円安は短期的な動きにとどまると読む。
大和証券の木野内栄治チーフテクニカルアナリストも、必ずしもトランプ氏勝利で株高とはならないと予測。これまでは大統領選挙後に株価が上昇するケースが多かったが、今回は既に株高が進んでいる上、トランプ氏当選に伴う米長期金利の上昇に株式市場が耐えられないリスクがあるとみている。
(為替相場の予想を中心にアナリストの見解を加えます)
--取材協力:Naomi Tajitsu、John Viljoen、鈴木克依.もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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