米軍は約20年前、国内の砂漠地帯をロボット車両の初期モデルを一斉に走らせるという画期的な試みを行い、自動運転車の開発競争に火を付けた。

それから10年後、自動車業界では2024年の今ごろまでには自動運転車が公道を走り回っているだろうという予測が飛び交っていた。

だが、実現していない。それでもメーカー各社は、ハンズフリー運転や衝突回避システムなど、限定的な自動運転機能を量産モデルに搭載し始めている。

こうした機能は運転をより安全で容易にし得るとうたわれてきたものの、重大事故の発生が何年も続き、そのうちの幾つかは死亡事故だった。そのため、規制当局はこれらの機能に厳しい目を向けている。

一部の企業は膨大なコストと複雑さを理由に自動運転車の開発を断念。一方、アルファベット傘下のウェイモのように自動運転のタクシーサービスを米国で拡大している企業もある。

イーロン・マスク氏が最高経営責任者(CEO)として率いる電気自動車(EV)のパイオニア、テスラも急ピッチで自動運転車の開発を進めており、10日には独自の「ロボタクシー」を発表する。

マスク氏は16年に最初のテスラ量産車である「モデル3」を発表して以来、同社にとって最も重要な瞬間になるだろうと述べている。

ウェイモの自動運転タクシー(ロサンゼルス)

自動運転車の最新情報

カリフォルニア州バーバンクにあるワーナー・ブラザース・ディスカバリーの映画スタジオで開催されるテスラのイベント「ウィー、ロボット(We, Robot)」は当初、8月開催の予定だった。マスク氏が設計変更を要求し、延期されていた。

マスク氏はすでに、恐らく既存のテスラ車であるだろうロボタクシーが同社管理下の配車ネットワークにどのように組み込まれかについて話している。民泊仲介のエアビーアンドビーで宿泊先を借りるようなオペレーションモデルだ。

ブルームバーグNEF(BNEF)によれば、10日のイベントでは、ワイヤレス・自動充電に関する何らかの発表もなされる見込みで、これは自動運転車と相性がよさそうだ。

23年は業界にとって困難な年だった。そのため、今は後押しを必要としている。

ゼネラル・モーターズ(GM)傘下でロボタクシー事業を手がけるクルーズは23年、同社の車両がサンフランシスコで他の車にはねられた歩行者を引きずった事故を起こした。

事故に関するクルーズ側の説明が不十分だったこともあり、カリフォルニア州は同社の営業免許を停止。その後、GMは3州でクルーズのサービスを取りやめ、何人かのクルーズ幹部を解任した。

当局からより厳しい監視を受けるようになったクルーズは、この問題で罰金を支払わなければならず、ホンダと提携して東京で自動運転タクシーを始めるという計画は頓挫したもようだ。

それでも、GMはカリフォルニア州でクルーズのサービスを再開すると今年9月に発表。テキサス、アリゾナ両州で人間1人を乗り込ませ自動運転車のテストを行っている。

自動運転車の見通し

今年に入り業界に希望が見えてきた。ウェイモと中国の百度(バイドゥ)は新たな都市へのサービスを拡大。 アルファベットはこの事業にさらに50億ドル(約7400億円)を投じると7月に発表した。

テキサスではオーロラ・イノベーションとコディアック・ロボティクス、ガティックAIが長年のテストを経て、年内に自動走行トラックの運用を開始する予定だ。これまで行ってきた人間の「セーフティードライバー」を同乗を取りやめる。

多くのスタートアップ企業と規制面の強力なサポートがある中国は、イノベーション(技術革新)を育む場となっている。ウーバー・テクノロジーズは中国のウィーライドと提携し、今年中にロボタクシーの提供をアラブ首長国連邦(UAE)に広げる計画だ。

完全な自動運転以外の選択肢

先進運転支援システム(ADAS)は、カメラやレーダー、その他の電子センサーを用い、駐車や車線維持、障害物の回避でドライバーを支援する高度な仕組みだ。

衝突を避けるためドライバーに警告を発したり、場合によっては短時間だが車を制御したりして衝突回避を図る。自動車メーカーはこうしたシステムを搭載した車を一段と増やしている。

40年以上前に導入されたアンチロック・ブレーキ・システム(ABS)は初期的な低レベル自動化機能の一つで、現在では標準装備となっている。最近では、緊急ブレーキや自動駐車などの機能を提供するシステムも登場している。

自動運転システムの実力

業界では、自動運転システムを「レベル0」から「レベル5」に分類。レベル0は、車線を逸脱した際に警告を発するなど、単に情報をドライバーに伝える機能だ。

テスラの「オートパイロット」機能は、パイロットが航空機の操縦室内で特定の自動システムを監視するのと同様に、常にドライバーの入力と監視が必要であるため、レベル2に分類される。

メルセデス・ベンツグループはドイツと米国の一部地域において、特定の条件下でハンドル操作も道路の監視も不要なレベル3の自動運転を一部車両で提供している。

米国や中国の一部限定区域で試験運用されているロボタクシーは、より高度なレベル4のシステムと分類され得るが、これらの車両は走行可能な場所が限られている。

まだ実現されていないレベル5はあらゆる場所、あらゆる状況下で自動走行できることを意味する。

中国のロボタクシー

ADASを採用しているメーカー

事実上、全ての大手自動車メーカーがADASを採用しており、最も高価なシステムは高価格帯の車種に搭載されている。GMは「キャデラックCT6」にドライバーが短時間ハンドルから手を離すことを可能にする「スーパークルーズ」を17年に導入した。

メルセデスのフラッグシップEVセダン「EQS」には、ドライバーが意識を失った場合に車を停止させ、緊急通報を行う機能がある。米国の顧客は年2500ドルの定額料金で同社の「ドライブパイロット」を利用可能。これはレベル3のシステムだ。

ボルボ・カーは主力の電動スポーツタイプ多目的車(SUV)「EX90」に、ライダーとして知られるレーザーベースのセンサーを標準装備。アポロ15号の宇宙飛行士が月面の地図作成に使用したテクノロジーを採用したこの高価なハードウエアは、カメラよりも車の周囲を検知する能力に優れている。

中国勢は、低価格車にも運転支援システムを搭載し始めている。中国のEV市場をけん引する比亜迪(BYD)は約10万元(約210万円)のセダン「ドルフィン」に自動緊急ブレーキや車線維持支援などの機能を提供。

同社は最近、「ナビゲーション・オン・オートパイロット」と呼ばれるシステムを導入。このシステムでは、特定の状況下でドライバーがハンドルから手を離したり、ペダルから足を離したりすることが可能だ。

限定的な自動運転の利点

幾つか挙げられる。

  • 米国の自動車安全規制当局は、自動緊急ブレーキシステムに大きな可能性を見いだし、29年から新車への標準装備義務化を決めた
  • 人間の関与が続くことは、必ずしも悪いことではない。確かに人間はコンピューターよりも間違いを犯しやすいかもしれないが、テクノロジーが故障した場合、実際に人間が介入できる体制を整えておくことは良いことだ
  • 自動運転は場合によって生死に関わる判断を迫られることもあり、無人運転の倫理は難しい問題だ
  • 自動運転の商業化は、規模の拡大が極めて難しい。費用もかさむため、数十億ドルの資本が必要になる

ADASを取り巻く問題

ADASが絡む死亡事故は特に注目を集める。特にテスラが関わっていれば、なおさらだ。マスク氏はオートパイロットが命を救うと主張しているが、疑わしいデータもある。

米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が16年以後に開始したADASが関与する事故は数十件に上るが、そのほとんどがテスラ車絡みの事故だった。

NHTSAはオートパイロット機能を使用中のテスラ車が停車中の緊急車両に衝突した幾つか事故に関する調査の結果に基づき、テスラがドライバーの誤用を防ぐための十分な対策を講じていなかったと判断。

これを受け、テスラは200万台余りを対象としたソフトウエアの修正という同社最大規模のリコール(無料の回収・修理)を実施した。その後、NHTSAはテスラの対策が十分であったかどうかの調査に着手した。

人間が意思決定の大半を担っている場合、不適切な行動が入り込む余地があるという問題もある。

米高速道路安全保険協会(IIHS)は22年の調査研究で、ドライバーがスピードを出す際、車間距離制御装置を誤用することがあり、この機能の安全性を損なう恐れがあると指摘。

自動車メーカーのエンジニアがテスト走行中に居眠りをしてしまう事例もあり、渋滞時の自動運転は退屈がリスクになり得る。

完全な自動運転の断念

フォード・モーターとフォルクスワーゲン(VW)は22年10月、両社が出資し自動運転を手がけていたアルゴAIを閉鎖した。2000人以上の従業員を抱え、一時は新規株式公開(IPO)の検討もされていたが、予想外の展開となった。

フォードはアルゴAIへの投資27億ドルについて評価損を計上し、ADAS機能に重点を置く新たな部門を設立。VWのオリバー・ブルーメCEOはその後、進展の遅れを理由に傘下アウディの自動運転車の計画を中止した。

アップルは、レベル4あるいはレベル5の能力を持つ車両の開発に巨額の資金を投じた後、自動車プロジェクトの打ち切りを今年2月に決定。幾つかの小規模な自動運転スタートアップは破綻している。

今後の展望

15年にフォードのマーク・フィールズCEO(当時)は5年後に自動運転車を路上で見られるようになると予測。

その1年後、マスク氏はテスラが17年末までに完全な自動運転走行のデモンストレーションをロサンゼルス・ニューヨーク間で行うと発言。これもまた、実現しなかった目標の一つだ。

S&Pグローバル・モビリティーは23年9月、レベル5の完全自動運転車が実用化されるのは35年以降になるとの見方を示した。

原題:Why It’s So Hard to Make a Reliable Self-Driving Car: QuickTake(抜粋)

--取材協力:Linda Lew、Danny Lee、Dana Hull、Elisabeth Behrmann.

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